仕事の進め方や時間配分を労働者の裁量に委ねる業務を対象に、あらかじめ決められた時間を働いたとみなす制度。深夜や休日に働いた場合の割増賃金を除き、原則としてみなし時間を超えて働いた分の残業代は支払われない。1988年の改正労働基準法施行でデザイナーなどの「専門業務型」が導入され、2000年に企画立案や調査分析を担う「企画業務型」が追加された。柔軟な働き方が可能になる一方、長時間労働を助長するとの批判もある。
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労働の遂行手段や時間配分の決定に関して裁量性が高く、労働の量(実労働時間)よりも質(内容・成果)に着目して賃金が支払われる労働者について、一定の時間労働したものとみなす制度。裁量労働のみなし制ともいう。専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類がある。
[土田道夫・岡村優希 2023年7月19日]
おもに工場等で働くブルーカラー労働者の保護を念頭に発展してきた労働保護法は、労働の遂行手段や時間配分を決定するのは使用者であり、労働者はそれに従属する存在にすぎないこと、そして、労働者の得られる賃金はそのような使用者の指揮命令に従って実際に労働した時間を基礎に決定されることを前提にしてきた。それゆえに、従属的な立場にある労働者を保護すべく、労働時間の上限規制をはじめとする厳格かつ画一的な規制が設けられてきた。
しかし、専門性の高いホワイトカラー労働の拡大に伴い、そのような伝統的な構図に変容がみられるようになった。すなわち、使用者が業務の遂行に必要な専門的知見をかならずしも有していないため、業務の遂行に係る裁量を労働者に認めつつ、そのような裁量の行使の結果として得られた成果を基礎に賃金を決定するという現象がみられるようになった。このような動向に法的に対応すべく労働基準法が設けたのが、裁量労働制である。裁量労働制においては、業務の遂行手段や時間配分の決定を労働者の裁量にゆだねることを前提に、実際の労働時間数にかかわらず、労使協定や労使委員会決議によって定められた時間労働したものとみなされる。
もっとも、裁量労働制は労働時間をみなす(擬制する)制度にすぎず、管理監督者(労働基準法41条)のように労働時間規制の適用を除外するものではない。そのため、休憩(同34条)、休日(同35条)、深夜残業や時間外労働に対する割増賃金(同37条)等の規律が及ぶ。ここで留意すべきは、みなし労働時間制である以上、労働時間規制の前提となる労働時間は、実労働時間ではなく、みなし労働時間によって決定されるという点である。すなわち、裁量労働制の下で、みなし労働時間が法定労働時間(1日8時間)を上回る時間(たとえば9時間)と設定された場合、実労働時間がそれより長い場合も、9時間だけ労働したものとみなされ、割増賃金は1時間分しか支払われない。このように、裁量労働制は、実労働時間に応じた対価(割増賃金)を伴わない長時間労働をもたらす危険性がある。そこで、労働基準法は、以下のとおり、裁量労働制に関してかなり厳しい規制を設けている。
[土田道夫・岡村優希 2023年7月19日]
専門業務型裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行手段や時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難な業務(対象業務)について、それに従事した実労働時間ではなく、労使協定に定める時間を労働時間とみなす制度である(労働基準法38条の3)。対象業務は、厚生労働省令および厚生労働大臣告示において限定列挙されており、新商品・新技術等の研究開発や人文・自然科学の研究等の19種となっているが(2023年7月時点)、2024年4月からは、銀行または証券会社でのM&Aに関する一定の調査・分析・考案・助言等の業務が追加される。
これら業務の遂行手段や時間配分の決定は労働者にゆだねられるが、使用者の指揮命令権を完全に否定するものではなく、達成すべき目標の設定等に関する基本的な指揮命令権は留保される(目標設定は使用者が行い、労働者は専門的知見を生かしてそれを達成するための具体的な方法を決定する)。そのため、使用者が過大な目標を課した場合には長時間・過重労働に陥る危険がある。そこで、専門業務型裁量労働制を実施するためには、使用者と事業場の過半数労働組合・過半数代表者との間で労使協定を締結し、労働基準監督署長に届け出ることが求められる。この労使協定には、対象業務、対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間(みなし労働時間)、業務の遂行手段や時間配分について具体的指示をしないこと、労働者の健康・福祉を確保するための措置、および、苦情処理手続を記載する必要がある。これは、裁量労働制の導入を労使合意にゆだねつつ、労働者保護のための一定の措置を求めるものであり、前記の弊害への対処を企図するものである。
そして、2024年4月からは、労働者の健康確保を徹底すべく、後述の企画業務型裁量労働制と同様に、裁量労働制の適用対象となる労働者個人(対象労働者)の本人同意を取得したうえで、対象労働者が同意しなかった場合に不利益取扱いをしないことを労使協定に定めることが適用要件とされる。
[土田道夫・岡村優希 2023年7月19日]
企画業務型裁量労働制とは、対象業務(事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析を組み合わせて行う業務であって、当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行手段および時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務)について、それに従事した実労働時間ではなく、労使委員会の決議する時間を労働時間とみなす制度である(労働基準法38条の4)。
企画業務型裁量労働制の対象業務は、専門業務型裁量労働制のそれと比較すると、業務自体の裁量性は限定的であり、労働者が長時間・過重労働に陥る危険が大きいため、より厳格な規制が課されている。すなわち、前記の対象業務に、それを適切に遂行するための知識・経験等を有する労働者が従事することが必要である。また、手続面でも、使用者および事業場の労働者を代表する者によって構成される労使委員会の5分の4以上の多数による決議を行い、それを労働基準監督署長に届け出ることが求められる。ここでは、専門業務型裁量労働制で求められているような、対象業務、みなし労働時間数、労働者の健康・福祉確保措置、および、苦情処理手続に加えて、対象労働者の範囲、対象労働者の同意を得るべきこと、および、同意しなかったことを理由に解雇その他の不利益取扱いをしてはならないことを決議しなければならない。企画業務型裁量労働制は、このような個別同意を要件とすることで、労働者利益により慎重に配慮する制度設計をとっている(2023年7月時点)。
もっとも、2024年4月からは専門業務型裁量労働制でも対象労働者の個別同意が必要となるため、両者の差異は一定程度相対化される。しかし同時に、企画業務型裁量労働制についてのみ、対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に労使委員会に説明を行うことを労使委員会で決議しなければならないなどの手続面での規制強化が予定されており、長時間・過重労働の危険のより大きい企画業務型裁量労働制の適用される労働者をより手厚く保護しようとしている。
[土田道夫・岡村優希 2023年7月19日]
裁量労働制については、産業界からの要請を受けて幾度か規制緩和の議論がなされている。たとえば、働き方改革関連法(平成30年法律第71号)の立法時の議論では対象業務を拡大させる方向性が示された。結果として、基礎となるデータの信頼性に懸念があることから立法は見送られたが、2020年代に入ってからも、厚生労働省に設置された「これからの労働時間制度に関する検討会」第16回(2022年7月15日)の報告書において、情報通信技術の発展に伴う経済社会の変化等に対応する手段として、裁量労働制の拡大がありうる選択肢である点が示された。その後、労働政策審議会(労働条件分科会)第187回(2022年12月27日)では、専門業務型裁量労働制について、対象業務を追加することや、企画業務型裁量労働制と同様に本人同意を要件とすることを含む結論が示され、前述の通り、それを反映した改正法が2024年4月に施行される予定である。裁量労働制については、厚生労働省令や厚生労働大臣告示にゆだねられている部分が多く、国会を経由せずに制度改正が可能であるため、経済政策等に照らした法改正の動向を注視する必要がある。
[土田道夫・岡村優希 2023年7月19日]
(大迫秀樹 フリー編集者/2018年)
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