「解体新書‐二」(一七七四)や「重訂解体新書」(一七九八)では、それぞれ「瞳神経」「鑑神経」と訳され、挙例の「医範提綱」以後も用語は定まらなかった。しかし、明治に入り、多くの解剖辞書で「視神経」が採用されるようになって定着した。
眼球内に入った光は網膜の視細胞を興奮させるが,この興奮は同じく網膜にある水平細胞を介して網膜神経節細胞に伝達される。この網膜神経節細胞が出す軸索(神経繊維)が視神経で,視束ともいう。視神経を形成する繊維は,ヒトでは一側で約100万本もあるといわれている。網膜の神経繊維が集合している部位を視神経乳頭または単に乳頭ともいい,両眼からの視神経が交叉(こうさ)する部位を視交叉(視神経交叉,視束交叉)という。視神経は視神経乳頭の後方の網目状の強膜篩状(しじよう)板までは無髄であるが,それ以後は有髄となり,シュワン鞘をもたないことから,神経繊維の再生は不可能と考えられている。また視神経は脳と同様,硬膜,くも膜,軟膜の3膜で包まれ,視神経くも膜下腔は頭蓋内のくも膜下腔とつながっていて,髄液で満たされている。視神経への血液供給については,まだ十分に解明されてはいないが,網膜中心動脈や軟膜の毛細血管から血液を受けるとされている。
視覚情報は視神経にのって,視交叉を経て間脳や中脳のいろいろの部位に到達するが,対象の形や色を認知するための最も重要な経路は,視神経から間脳の外側膝状体に達する経路である。視神経の興奮を伝達された外側膝状体の神経細胞は,次いでその興奮を大脳皮質の視覚野に伝達する。ヒトでは,一側の網膜から起こる視神経のうちで,網膜の外側半から起こるものはそのままその側の外側膝状体に達するが,網膜の内側部から起こる視神経は,もう一方の側の網膜の内側部から起こる視神経と交叉してから,反対側の外側膝状体に達する。このように,視神経は脳に到達する以前に,その内側の半分だけが交叉するため(これを半交叉という),視野の左側半からの情報は右側の大脳皮質へ,また,視野の右側半からの情報は左側の大脳皮質へ集められることになる。
非交叉性の視神経は動物が高等になるほどその割合が多くなっており,おそらく両眼視機能と関係があるものと考えられている。交叉性視神経と非交叉性視神経の割合は,ヒトでは1対1,サルでは2対1となり,ネズミやウサギではほとんどが交叉する(これを全交叉という)。視神経は第2脳神経とも呼ばれ,末梢神経の仲間として取り扱われるが,網膜と同様,その組織学的な構造は中枢神経系の特徴を備えている。網膜や視神経が脳の出店といわれるゆえんである。
→視覚
執筆者:南波 久斌+水野 昇
視神経の病気のおもなものには,乳頭浮腫,視神経炎,視神経萎縮などがある。
(1)乳頭浮腫papilledema なんらかの原因によって生じた乳頭の受動的な非炎症性の浮腫であり,脳腫瘍などで頭蓋内圧亢進により起こるものは,とくに鬱血(うつけつ)乳頭choked discと呼ばれる。検眼鏡で検査すると,乳頭が発赤し,はれていることが認められる。視機能は,早期ではほとんど障害されないが,浮腫が長期間続くと,視力低下や視野狭窄が出はじめ,最後には視神経萎縮の状態に陥る。原因は脳腫瘍が最も多く,眼底検査で,はじめて脳腫瘍の存在を指摘されることもしばしばある。その他の原因としては,くも膜下出血,髄膜炎,悪性高血圧,眼窩(がんか)腫瘍などがある。治療は早期に発見することが重要であり,その原因となるものを排除する。
(2)視神経炎optic neuritis 広義には,視神経の炎症性あるいは脱髄性疾患をさす。視神経の病変部位によって分類され,視神経乳頭の炎症は乳頭炎papillitis,それより中枢側の視神経の炎症は球後視神経炎retrobulbar neuritisと呼ばれる。前者の場合,検眼鏡の検査では乳頭浮腫と同様の変化がみられるのに対し,後者では,乳頭にはほとんど変化がみられない。いずれの場合も,初期より視力は著しく低下する。この点が,乳頭浮腫との大きな違いである。視野の異常は多様であるが,通常中心暗点が検出される。低下した視力は,その後自然に回復することも多い。原因には,多発性硬化症,眼窩・副鼻腔・脳膜からの炎症が波及したもの,中毒,レーベル病等が挙げられる。治療は原疾患を確かめ治療することにあるが,原因がみつからないこともあり,また自然に治癒することも多く,治療評価はむずかしい。薬として副腎皮質ホルモン,ACTH,ビタミンB類を用いることもある。
(3)視神経萎縮optic atrophy 検眼鏡の検査で視神経乳頭が蒼白で,視力不良,視野変状があるとき,視神経の萎縮が考えられる。視神経萎縮は以下のように分類される。(a)網膜性萎縮 二次的に視神経が萎縮したもの。(b)循環性萎縮 網膜中心動脈塞栓や動脈硬化症で起こる。(c)圧,牽引による萎縮 緑内障,鬱血乳頭末期,内頸動脈瘤,腫瘍等による機械的圧迫によって起こる。(d)炎症後萎縮 視神経炎や多発性硬化症によって起こる。(e)中毒性萎縮 内因性のものは糖尿病,外因性のものはアルコール,タバコなど。(f)外傷性萎縮 (g)原因不明のもの 治療は原因療法を行い,原因となる病気によって異なるが,いったん損なわれた視機能は回復しない。
執筆者:南波 久斌
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
視覚情報を脳に伝える視覚路の一部で、視神経乳頭部から視神経交叉(こうさ)(視交叉)部までのかなり太い円柱状(径4~7ミリメートル)の神経線維の束をさし、視束ともよばれる。脳神経の一つに数えられるが、視神経は脳の末梢(まっしょう)神経ではなく、発生学的、組織学的あるいは機能的にも脳の膨出部とみられている。
色彩と明暗の感覚は、網膜の刺激受容器である視細胞が光刺激として受け取り、神経の機能単位であるニューロンを三度かえて脳後極の視覚領(線条野)まで電磁波として送られる。すなわち、1億個に近い視細胞(第1ニューロン)は双極細胞(第2ニューロン)を経て神経節細胞(第3ニューロン)約100万に集約され、これから出た神経線維は眼球後端の視神経乳頭部に集まる。ここから強膜篩状板(しじょうばん)を貫き、髄膜3層からなる視神経鞘(しょう)に包まれて眼窩(がんか)内を後走し、視神経管を通って頭蓋(とうがい)内に入る。この視神経は左右それぞれ約100万本の神経線維よりなり、視交叉部で60~80度の角度で合流したのち、ふたたび左右に分かれて視索とよばれ、外側膝状体(しつじょうたい)に入って次の第4ニューロンに伝達される。視神経乳頭から外膝側状体までの長さは約70ミリメートルで、電線の役をしているが、そのうち視神経の長さは35~55ミリメートルで、個体差がある。また、視神経内では網膜の耳側、黄斑部(おうはんぶ)、鼻側より発した神経線維がそれぞれ整然と特定の部分を束状になって後走し、頭蓋内に入って視交叉部に達すると、鼻側線維だけが左右互いに反対側の視神経のほうへ交叉合流(約半分交叉)し、それぞれ網膜耳側より発した線維とともに視索として外側膝状体接合部に達する。視神経の一部には、視覚に関係のある反射運動、すなわち瞳孔(どうこう)反射や調節機能などに関与する求心性伝導路が含まれ、この神経線維は外側膝状体よりさらに進んで上丘に達している。
視神経は神経膠細胞(こうさいぼう)や結合組織に包まれ、眼動脈由来の豊富な血管網によって栄養補給を受けており、血流障害、感染、中毒、圧迫など、つまり髄膜炎や脳腫瘍(のうしゅよう)などによって障害を受けやすく、また視神経鞘でくも膜下腔(くう)の髄液に包囲されているので、髄液変化によっても障害されやすい。なお、視神経内の神経線維は整然とした走行を脳内でも維持されており、もし脳や視神経の途中でなんらかの障害があれば、逆に乳頭所見や視力・視野の変化などによって障害の位置、原因、強さなどを診断する有力な手段となりうる。
[井街 譲]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 光刺激により視細胞には膜電位変化が起こる。脊椎動物の網膜には双極細胞や水平細胞,アマクリン細胞などの介在神経があり,視細胞に起こった変化はこれらに伝えられ,最後に視神経のインパルスとなり,大脳皮質に伝わる。光刺激に対する視神経繊維の応答の特徴の一つは,側抑制がみられることである。…
…鼻腔上部の嗅細胞(嗅覚刺激に応じる感覚細胞)の突起が直接脳に到達している点が特徴的である。 第2脳神経は視神経nervus opticusである。網膜の神経節細胞の軸索で部分交差して間脳や中脳に達する。…
…【立田 栄光】
[目の発生]
眼球の発生のようすは脊椎動物の各系統を通じて共通である。眼球の構成要素のうち,網膜,視神経,色素上皮,毛様体と虹彩の上皮は中枢神経の一部である眼胞optic vesicleがもとになって形成される。水晶体,角膜の上皮,結膜の上皮は外胚葉性の表皮由来であり,角膜の支質と内皮,強膜,脈絡膜,毛様体と虹彩の上皮以外の部分は中胚葉性の間充織由来である。…
※「視神経」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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