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談洲楼燕枝(初代) だんしゅうろう えんし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

談洲楼燕枝(初代) だんしゅうろう-えんし

1838-1900 幕末-明治時代の落語家。
天保(てんぽう)9年10月16日生まれ。初代春風亭柳枝に入門し,文久元年柳亭燕枝の名で真打となる。明治18年9代市川団十郎との親交から談洲楼と号した。柳派の重鎮で,三遊亭円朝と人気をわけた。明治33年2月11日死去。63歳。江戸出身。本名は長島伝次郎。初名は伝枝。

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朝日日本歴史人物事典の解説

談洲楼燕枝(初代)

没年:明治33.2.11(1900)
生年:天保9.10.16(1838.12.2)
幕末明治期の落語家。亭号は「だんしゅう」とも。本名長島伝次郎。江戸小石川伝通院表町生まれ。19歳で初代春風亭柳枝に入門して伝枝を名乗る。24歳で柳亭燕枝と改め,真打。明治18(1885)年,親交のあった9代目市川団十郎の名をもじって談洲楼を亭号とした。創作力があり「嶋鵆沖津白浪」などを創り,狂歌発句にも才を発揮した。好劇家としても知られるように,当初芝居咄を演じていたが,明治2,3(1869,70)年と続けて歌舞伎にまぎらわしい所作禁止の布令が発せられたが,その前後から素咄に転じた。三遊派の三遊亭円朝に対して,柳派の頭取として,落語界を二分する存在であった。浅草の源空寺に葬られた。<参考文献>柳亭燕路「談洲楼初代柳亭燕枝」(『民族芸能』119号より連載178回)

(延広真治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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