日本大百科全書(ニッポニカ) 「議会主権」の意味・わかりやすい解説
議会主権
ぎかいしゅけん
主権は議会にある、というイギリス独特の主権概念。現代国家においては、「人民主権」とか「国民主権」とかいうことばが普通に用いられるのに対して、イギリスではなぜ「議会主権」ということばが用いられるのか。
イギリス市民革命期において絶対王制を打倒した主導勢力は議会であった。この際、イギリス議会は「人の支配」という専制政治を根拠づけた国王主権論(フィルマー)を粉砕するために議会主権論を対置させた。もっとも、この議会主権論はピューリタン革命期と、革命が成功した名誉革命後とではその内容を異にした。国王と議会が武力闘争によって雌雄を決しようとしたピューリタン革命期には、国王を抜きにした議会主権論(パーカー)が主張された。しかし、国王と議会が和解して近代国家が成立した名誉革命後には、国王・上(貴族)院・下(庶民)院の三者が構成する議会に最高権力があるという意味での議会主権論(ロック)が登場した。以後、今日に至るまでイギリスにおいて議会主権というときには、三者の構成する議会の最高権力を意味するのである。
ところで、19世紀中葉以降、イギリスの議会政治が発展し、国民大衆の意志が政治の世界においてしだいにその比重を増してくるなかで、この議会主権ということばの内容も、単に議会が最高権力であるというだけではすまされなくなり、議会と国民との関係を説明する必要が生じてきた。このことをダイシーは「法的主権者」としての議会と「政治的主権者」としての国民という形で巧みに説明している。すなわち、彼は、議会は国権の最高機関であり立法機関でもあるので、日常的には議会の決定は最高かつ合法的であるという意味で、議会を「法的主権者」であると位置づけ、他方、もしも議会のなかで問題が解決されなくなったときには解散によって国民の判断が問われるという意味で、国民を「政治的主権者」と規定しているのである。このように、議会の成立根拠を国民の同意に置くことによってダイシーは、新しい大衆社会の登場時代に見合う議会権力の正統性を理論化したのである。「議会主権」ということばのもつ響きは、一見、「人民主権」や「国民主権」ということばよりも後退しているように思われるかもしれない。しかし「議会主権」という概念の歴史的形成過程をみてもわかるように、このことばのもつ内容は単なる議会万能論というよりも、国民に対する議会の責任の重さを表明していることばとして考えるべきであろう。
[田中 浩]
『A・V・ダイシー著、伊藤正己・田島裕訳『憲法序説』(1983・学陽書房)』