日本大百科全書(ニッポニカ) 「賢者ナータン」の意味・わかりやすい解説
賢者ナータン
けんじゃなーたん
Nathan der Weise
ドイツの啓蒙(けいもう)思想家レッシングが牧師ゲッツェとの論争を契機に執筆した5幕の劇詩。1779年刊。第三次十字軍遠征が終わった12世紀末のエルサレムで、富と知恵を兼備したユダヤ商人ナータンは、イスラム教の名君サラディンによる難問、「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のいずれが真の宗教か?」に対し、真偽の識別がまったく不可能な三つの指輪のたとえ話(『デカメロン』に由来)を用いて、この問いの無意味さを説く。ナータンにとって唯一神への帰依と隣人愛の実践こそ正しい信仰の証(あかし)にほかならない。彼自身深刻な懐疑を理性によって克服し、この確信を得る。筋はナータンの養女とキリスト教の若い神殿騎士の恋をめぐって進行し、2人の兄妹関係、同時にまた、彼らとサラディンとの血縁関係が認知されて大団円となる。18世紀に流行の「まじめな喜劇」、とくに家庭劇を、寛容を教える思想劇にまで高めたこの作品は、今日の舞台でなお生きている。
[南大路振一]
『篠田英雄訳『賢人ナータン』(岩波文庫)』