内科学 第10版 「赤痢アメーバ症」の解説
赤痢アメーバ症(原虫疾患)
赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica Schaudinn, 1903)による腸管感染症である.粘血便をはじめとし,下痢,テネスムス,腹痛などの赤痢様症状を起こす(腸管アメーバ症).さらに血行性に転移して肝臓,肺,脳,皮膚などに潰瘍を形成し,重篤な症状を呈する(腸管外アメーバ症).
原因・病因
赤痢アメーバは嫌気性(酸素感受性)・微好気性原虫である.生活環は栄養型(trophozoite,図4-15-3A)と囊子(シストcyst,図4-15-3B)よりなる.栄養型は偽足を出して活発に運動し,赤血球,細菌などを捕食する.大きさ15~40 μmの不定形を呈し,核の中心にカリオソーム(karyosome)をもつ.囊子は大腸腔で形成され,大きさ10~20 μmのほぼ球形を呈し,外界で4核の成熟囊子となる.未成熟囊子には両端が鈍円の類染色質体(chromatoid body)やグリコーゲン胞(glycogen vacuole)が存在する.ヒトへの感染は成熟囊子の経口摂取により成立する.
疫学
E. histolytica感染は熱帯・亜熱帯の開発途上国を中心に世界人口の約1%に感染し,年間約10万人の死亡者を生む.わが国では男性同性愛者(men who have sex with men:MSM)に多くみられ,性行為による感染症(性感染症,sexually transmitted disease:STD)でもある.また,知的障害者における集団感染も多く報告されている.現在,感染症法により五類と指定されている.ヒト以外の霊長類・イヌなどにも感染する.tRNA遺伝子近傍の短反復配列(tRNA-linked short tandem repeat)の種類と数により,個別の赤痢アメーバ株の分類と同一性の確認が可能である.
病理・病態生理
感染者の5~10%において,E. histolyticaは大腸粘膜上皮に接着し,粘膜~粘膜下層に侵入し(invasive amebiasis),大腸上皮・免疫細胞などをプログラム細胞死や組織融解性加水分解酵素により破壊する.正常な粘膜に病変部位が点在し,粘膜下が広く破壊されたつぼ型の潰瘍像を示す.初発の好発部位は盲腸,上行結腸,横行結腸,S状結腸,直腸の順である.有症例の全体の5~20%において主として門脈を介して播種し,腸管外アメーバ症を生じる.腸管外アメーバ症患者においては腸管症状が認められないことが多くあるので注意を要する.腸外アメーバ症で,代表的な病型は肝膿瘍(図4-15-4)である.肝膿瘍は男性に圧倒的に多く,男性ホルモンの発症への関与が示されている.その他の腸外アメーバ症としては,肺,脳などへの二次的な転移,膿瘍や大腸潰瘍の穿孔による腹膜炎,横隔膜下膿瘍,虫垂炎などの病態がある.長期間持続感染していても症状を示さない症例,すなわち囊子保有者(asymptomatic cyst carrier)が存在する.形態的にE. histolyticaと鑑別不可能な別種のE. dispar (Brumpt,1925)は組織内に侵入せず,病害性はない.
臨床症状
腸アメーバ症の病型はアメーバ赤痢(amebic dysentery),アメーバ性大腸炎(amebic colitis),アメーバ腫(ameboma)に分けられる.アメーバ赤痢の潜伏期は2~3週間程度で,通常は発熱を伴わず,あるいは微熱とともに下痢,腹痛をもって発症する.下痢は粘血便,腹痛は右下腹部に多く,圧痛を伴う.下痢は1日数回から十数回,血液と粘液が混和・付着したいわゆるイチゴゼリー状の便を生じる.テネスムス(しぶり腹)は軽度で,末梢血中の白血球増加もなく,全身症状も細菌性赤痢と比較すると良好である.アメーバ性大腸炎のときは下痢,腹痛が主症状で,粘血便をみない.アメーバ腫では一般に症状をみない.肝膿瘍は肝腫大,季肋部痛,倦怠感,食欲不振,悪心,38~39℃の発熱などで発症し,末梢血の多核白血球増加を伴う.
診断・鑑別診断
診断は,糞便や膿瘍からの病原体の顕微鏡による検出,PCRや抗原捕捉ELISAにより行う.糞便検査の場合,通常下痢便中では栄養型を,有形便では囊子が検出される.顕微鏡によるE. histolyticaとE. disparの種鑑別は困難であるが,下痢便中に赤血球を捕食した動くアメーバ栄養型が検出されればE. histolyticaと考えてよい.囊子の検出には通常ホルマリン-エーテル法などの集囊子法を併用する.ヨード染色,トリクローム,鉄ヘマトキシリン染色などを併用することもある.PCRやELISAによる核酸や抗原の検出では客観的な赤痢アメーバの確定診断が可能であり,熟練した顕微鏡観察の経験は不要である.抗原検出にはガラクトース/N-アセチルガラクトサミン特異的レクチンを定量できるキット(E. histolyticaⅡ,Techlab)が市販されている.腸アメーバ症に対しては内視鏡下生検も行われ,生検組織内にアメーバ栄養型が観察されれば,E. histolyticaと判定する.また,免疫(血清)診断による抗体検出法も用いられる.ゲル内沈降反応,間接蛍光抗体法,ELISAなどがよく用いられる.血清抗体陽性は,過去の感染を反映する場合もあり,必ずしも現在の症状の原因であることを意味しないことに留意すべきである.腸アメーバ症の鑑別の対象となるのは細菌性赤痢およびほかの下痢症である.肝膿瘍の鑑別対象疾患は細菌性の膿瘍,肝癌,囊胞などである.
治療
E. histolytica感染が確認されれば,病型や症状の有無にかかわらず化学療法を行う.第一選択薬はメトロニダゾールである.同様に5-ニトロイミダゾール系薬剤であるチニダゾールも使用できる(表4-15-3).メトロニダゾールには発癌性,変異原性が実験的に確認されており,小児・妊婦への投与は避ける.これらの薬剤はシストキャリアには効果が低く,囊子の除去,シストキャリアの治療にはパロモマイシンやフロ酸ジロキサニドが併用される.
予防
囊子の経口摂取を避ける.流行地では一般的な経口感染症の予防に準ずる.不潔な性行為を避ける.[野崎智義]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報