細菌性赤痢

内科学 第10版 「細菌性赤痢」の解説

細菌性赤痢(Gram 陰性悍菌感染症)

(1)細菌性赤痢(bacillary dysentery, shigellosis)
定義・概念
 赤痢菌(Shigella sp.)が大腸粘膜細胞に侵入し増殖することに起因する急性の腸炎である.
原因
 原因となる赤痢菌はグルコース発酵性かつオキシダーゼ反応陰性を示す腸内細菌科のGram陰性桿菌で,Shigella dysenteriae,S. flexneri,S. boydii,S. sonneiの4菌種に分けられる.さらに, S. sonnei以外の赤痢菌はいくつかの血清型に分けられている.赤痢菌の菌種は亜群ともいわれ, S. dysenteriaeはA群,S. flexneri はB群,S. boydii はC群,S. sonnei はD群とよばれることもある.赤痢菌は感染力が強く,10~100個の少量の菌量でも感染する.S. dysenteriaeの血清型1(S. dysenteriae 1)のなかには志賀毒素 1(Shiga toxin 1:ST 1)を産生するものがある. 志賀毒素1はベロ毒素 1(vero toxin 1:VT 1)ともいわれている.
疫学・統計的事項
 細菌性赤痢患者および無症状赤痢菌保有者を診断した医師には届け出義務がある.最近の届け出数は年間200〜400人で,約60%が東南アジアやインド亜大陸を中心とした海外感染例である.さらに,菌種別ではS. sonnei が7割前後,ついでS. flexneriが占め,残りが S. boydii, S. dysenteriaeの順であり,依然として日本国内の集団発生も起きている(国立感染症研究所感染症情報センター,2012).細菌性赤痢は自然に治癒する症例が多く,特に軽症例ではその傾向がある.そのために細菌性赤痢であるとの診断がなされずに,結果として届け出がなされなかった症例も多く存在すると推測される.
感染経路
 赤痢菌が混入した飲食物を摂取することで感染する(経口感染).
病態生理
 経口的に摂取された赤痢菌は大腸に達して腸管の粘膜上皮細胞に侵入する.この際に赤痢菌はM細胞から侵入し,その後M細胞からマクロファージへ感染して増殖し,さらに腸管腔の反対側(基底膜側)から腸管の粘膜上皮細胞へ侵入すると考えられている(小川ら, 2009).上皮細胞内で増殖した赤痢菌は隣接する上皮細胞へ侵入し増殖する.増殖した赤痢菌による大腸粘膜上皮の傷害,傷害された上皮細胞やマクロファージから分泌されるサイトカインによって活性化された白血球などによる炎症反応などが原因で症状が出現すると推測されている.罹患臓器は大腸で,S状結腸が最も障害を受けやすく,病変部位はびらんや潰瘍を呈する.
臨床症状
 症例によって軽症から重症までさまざまである。最近はS. sonneiによるものが多く,自覚,他覚症状ともに軽症化している.前述したように,細菌性赤痢は自然治癒傾向があり,S. sonneiによるものでは,自覚,他覚症状ともに1週間以内に自然改善する症例が多い.なお,赤痢菌が感染してから症状が出現するまでの潜伏期間は通常1〜3日である.
1)自覚症状:
発熱で発症し1〜2日で自然に解熱するが,解熱前後からあるいは発熱とほぼ同時期に下痢となる症例が多い.下痢の程度は軟便程度から水様便までさまざまで,排便回数も個々の症例によって異なる.肉眼的血便が赤痢の語源であるが,その肉眼的血便を認めない患者も多い.腹痛を伴うことも多く,悪心,嘔吐やしぶり腹(テネスムス;裏急後重ともいう.痛みを伴う便意が頻回にあるが,便が出ないあるいは少量しか出ない状態)を訴える症例もある.
2)他覚症状:
ほとんどの症例で腸雑音の亢進を認める.左下腹部に圧痛を認める症例が多い.志賀毒素産生菌であれば,腸管出血性大腸菌腸炎と同じく, 溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndromeHUS)を起こすことがある.
検査成績
 通常の血液検査で細菌性赤痢に特異的な所見はない.中等症や重症例では,末梢血白血球数や血清CRP値の増加を認める症例が多い.
診断
 臨床症状から確定診断することは不可能で,感染者の糞便から赤痢菌を検出することで診断する.
治療・予後・予防
 感染者に対し抗菌薬を投与する.フルオロキノロン系抗菌薬やホスホマイシンを5日間経口投与する方法が一般的である(成人感染者への投与例:レボフロキサシン 300~500 mg/回,1日1回,5日間経口投与,ホスホマイシン500 mg/回,1日4回,5日間経口投与など).脱水対策も重要で患者には経口的に水分を摂取するよう勧め,経口的な水分摂取が不十分であれば経静脈的に補液を行う.
 わが国においては,細菌性赤痢の予後は一般的に良好である.
 細菌性赤痢の除菌確認については,抗菌薬投与終了後48時間以後に24時間以上の間隔で行った糞便の培養検査で,赤痢菌が連続して2回以上検出されなければ,赤痢菌を保有していないと見なされる.
 赤痢菌は少ない菌量で感染することから,ほかの人へ二次感染を起こしやすい菌である.二次感染を防止するために,感染者や医療従事者の手洗いが重要である.さらに,糞便で汚染された可能性のある物体に触れる際には手袋を着用し,手袋を脱いだ後に手洗いを行う.
法的対応
 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(通称:感染症法)」により,細菌性赤痢は三類感染症に指定されている.細菌性赤痢の患者あるいは無症候性病原体保有者を診断した医師は直ちに保健所へ届け出を行うこととなっている.細菌性赤痢は食中毒としての面もあり,食中毒と診断した場合には,食品衛生法の規定に従い直ちに(24時間以内に)保健所へ届け出る必要がある.[大西健児]
■文献
国立感染症研究所感染症情報センター:細菌性赤痢 2011年 (2012年5月25日現在).
Infectious Disease Weekly Report Japan, 14: 11-20, 2012.
小川道永,笹川千尋:赤痢菌の粘膜感染と宿主防御.蛋白質 核酸 酵素, 54: 988-995, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「細菌性赤痢」の解説

細菌性赤痢
さいきんせいせきり
Bacillary dysentery
(子どもの病気)

どんな病気か

 細菌性赤痢は、赤痢菌により引き起こされ、血便を生じる急性の下痢症です。2007年4月に改正された感染症法では三類感染症に分類され、患者および無症状病原体保有者が届け出の対象となっています。

 日本でのここ数年の年間報告数は500~600人で、20代に患者年齢のピークがあり、14歳までの患者は全体の約10%です。国外感染例が60~70%程度で、アジア地域(インドネシアインド、中国、ベトナムなど)が主要な感染地域でアフリカエジプトなど)がこれに次いでいます。現在でも開発途上国では、赤痢は下痢に関連した乳幼児死亡の主要な原因となっています。国内感染は、国外感染者からの二次感染や輸入食品の汚染によると推定されますが、保育園、学校、ホテルなどでの集団発生や、牡蠣(かき)を介した全国規模での感染がありました。

 アメーバ赤痢は、赤痢アメーバによって起こる血便を伴う疾患で、報告数が年々増加しています。細菌性赤痢との対比を表に示しました(表21)。

赤痢菌とはどんな細菌か

 赤痢菌には4種類あり、志賀赤痢菌(ディゼンテリー菌)は、志賀潔によって発見され、志賀毒素を産生し、4種のなかで最も病原性が強いものです。フレキシネリ菌も典型的な赤痢の症状を起こしますが、日本で多いゾンネ菌(70~80%)は病原性が弱く、軽症です。ボイド菌は、日本では非常にまれです。

 赤痢菌は汚染された食品や水を介して感染しますが、感染に必要な赤痢菌の菌量は10~100個と極めて少なく、ヒトからヒトに、直接、糞口感染を起こします。家庭内二次感染の危険性が高く(約40%)、とくに小児や老人に対しての注意が必要です。

症状の現れ方

 典型的な赤痢では、1~3日の潜伏期のあと、全身の倦怠感(けんたいかん)悪寒(おかん)を伴う高熱、水様便が現れます。1~2日間発熱があり、腹痛、しぶり腹、膿粘血便がみられます。日本で多いゾンネ菌によるものは重症例が少なく、軽い下痢と軽度の発熱で経過することが多く、菌をもっていても症状のない無症状病原体保有者もいます。ただし、小児と高齢者では重症化しやすいため、注意が必要です。

検査と診断

 便の細菌培養を行い、赤痢菌が検出されれば診断が確定します。他の細菌による下痢症との区別も、培養結果によります。迅速検査として、菌の遺伝子を検出する方法も開発されています。

治療の方法

 抗菌薬(成人にはニューキノロン系、小児にはホスホマイシン)を5日間内服します。生菌整腸薬を併用し、脱水があれば補液(点滴、経口輸液)を行います。強力な下痢止めは使いません。

 治療後に再度検査が必要で、治療終了後48時間以降24時間以上の間隔で2回糞便培養を行い、2回連続陰性であれば、病原体を保有しないとみなされます。最近は、分離される赤痢菌の多くがアンピシリン、テトラサイクリン、ST合剤に耐性があるとされています。

 症状があり、蔓延(まんえん)防止のため必要と認められる場合には、保健所により、入院の勧告あるいは措置が行われ、指定医療機関における入院治療が行われます。無症状の場合には外来治療も可能です。

病気に気づいたらどうする

 海外旅行中や旅行後に血便を伴う下痢の症状が現れたら、赤痢を含む細菌性腸炎の可能性があります。検疫所あるいは培養検査のできる医療機関を受診し、便の細菌検査を受けることが必要です。

関連項目

 細菌性下痢症

小口 学



細菌性赤痢
さいきんせいせきり
Bacillary Dysentery
(食中毒)

どんな食中毒か

 赤痢菌で汚染された水や食品の摂取により主要病変が大腸に起こる急性下痢症です。汚染されたレタスやパセリなどの生野菜やサラダが原因食となった事例が報告されています。

 2001年には、赤痢菌に汚染された輸入カキにより日本各地で130名以上の患者が発生しました。

症状の現れ方

 患者または保菌者の糞便、およびそれにより汚染された手指、食品、水、器物などが感染源となります。発熱、腹痛、下痢、時に嘔吐などによって急激に発症し、重症例ではしぶりを伴う膿粘血を排泄します。

 近年は、重症例は少なくなり、数回の下痢、軽度の発熱などの症状だけで軽快する例が多くなっています。一方、2~3週間にわたって排菌が続く例も知られています。

 症状は一般に成人よりも小児のほうが重い傾向にあります。

検査と診断

 新鮮な排泄便から選択培地を用いて赤痢菌を分離、同定します。

治療の方法

 対症療法では、脱水の程度に応じて経静脈的に補液を行います。コレラと同じ経口補液の使用もすすめられています。抗菌薬の第一選択薬は成人ではニューキノロン系薬剤、小児ではホスホマイシンです。耐性菌が出現しているので感受性試験をすることが必要です。

病気に気づいたらどうする

 赤痢が疑われる場合には、医師の診療を受け適切な治療をしてもらう必要があります。

予防のために

 患者の半数以上がアジア地域への旅行者ですので、流行地での飲食には注意が必要です。国内事例として、保育園、幼稚園、老人施設などにおいて集団発生も起きているので、二次感染を防ぐためには排便の処理などに注意を払いましょう。

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「細菌性赤痢」の解説

さいきんせいせきり【細菌性赤痢】

[どんな病気か]
 赤痢菌(せきりきん)という細菌の感染によっておこる病気で、病人や保菌者(ほきんしゃ)の糞便(ふんべん)にまじって排出(はいしゅつ)された赤痢菌が、人の手、ハエ、ゴキブリなどによって飲食物に混入され、その飲食物を摂取することによって感染します(経口感染(けいこうかんせん))。
●かかりやすい年齢
 乳児以外の子どもに多いのですが、おとなもよくかかります。集団発生することもあります。
●多発する季節
 冷たい飲み物、食べすぎ、過労などによる消化器機能の衰えが発病の誘因となります。
 このため、高温多湿の季節に発病することが多いのですが、海外旅行で感染して帰る人が増え、季節的な傾向はみられなくなりました。
[症状]
 赤痢菌が感染して発病するまでの潜伏期は2~5日です。初め、からだがだるく、食欲がなくなって、寒けがし、急に38~39℃の熱が出ます。熱と同時か、ややおくれて腹痛と下痢(げり)が始まります。
 下腹部、とくに左下腹部で、そこを押したり、便意を感じたりすると強く痛みます。
 下痢は、初めふつうの下痢便ですが、やがて卵の白身のような粘液(ねんえき)、血液、さらに膿(うみ)もまじるようになります。
 1日数回の下痢のことが多いのですが、重症になると20~30回になります。回数が多いと、便意があるのに便が出しぶり、1回の排便量も少量で、出おわったという気がせず、トイレからもどっても、すぐまた行きたくなります(しぶり腹)。
 そのほか、ときに吐(は)き気(け)がして、食欲がなく、からだがだるくて口が渇き、白色から褐色の苔(こけ)が舌に厚くつきます。以上が典型的な症状と経過で、ふつうは数日で回復期に入ります。
 ところが近年は、発熱しても気づかない程度、下痢も1日3~4回の軟便で、血便(けつべん)や特別な腹痛もない軽症赤痢が、かなりみられるようになりました。
 軽症赤痢は、診察だけでは診断がつかず、診断には、便の培養(ばいよう)検査が必要になります。
 軽症赤痢でも感染力には変わりはなく、うつされた人に重症赤痢がおこる危険性がありますから、下痢をする人が家庭内に続出したり、海外旅行のあと、下痢をした場合は、そのむねを医師に報告して診察を受けましょう。
 細菌性赤痢は、感染症予防法の2類感染症です。診断した医師の届け出に基づき、保健所長が入院を勧告します。
[治療]
 化学療法薬の内服と、食事療法が主で、必要があれば、水分と栄養の補給のための点滴を行ないます。
●養生のポイント
 腹痛や下痢の激しいときは、下腹部を温めるとらくになります。
 下痢の回数が増えるのを恐れて、飲料を飲むのをひかえる人がいますが、脱水症をおこさないために、口が渇いたら湯茶を少しずつ飲んだほうがいいのです。
 子どもとお年寄りは、下痢と熱のために脱水状態におちいりやすいので、口から水分を摂取できない場合は点滴、静脈注射が必要になります。
 薬剤耐性(たいせい)赤痢でなければ2~3日で症状がおさまり、糞便中の赤痢菌も消失するので、特効薬の内服は5日前後でやめます。その4~10日後、便を調べると、症状がないのに赤痢菌が見つかることがあり、他の人に感染させないために、再び化学療法薬を内服することになります。この検査で赤痢菌が出ないことを確かめることが、赤痢の治療ではたいせつです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「細菌性赤痢」の意味・わかりやすい解説

細菌性赤痢
さいきんせいせきり
bacillary dysentery

赤痢菌による感染症。旧伝染病予防法法定伝染病の一つで,今日では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で 3類感染症に分類される。アメーバ赤痢と区別して細菌性と呼ばれる。経口感染し,大腸,特に S状結腸で発症する急性感染症で,2~7日間の潜伏期ののち高熱が出て脱水症が顕著になり,赤痢独特の粘液血液の混じった下痢を繰り返し,腹痛が現れる。全身症状は必ずしも重くはないが,小児の場合はけいれんを伴ったり,疫痢を呈することがある。近年は軽症ですむことが多い。治療には,アンピシリン(→ペニシリン発酵)やカナマイシン,カネンドマイシン,ナリジクス酸などの抗生物質を単剤ないし 2剤併用で投与する。しかし,これらに対する耐性菌が存在するため,薬剤感受性を検査して適切な薬剤を選択する必要がある。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

栄養・生化学辞典 「細菌性赤痢」の解説

細菌性赤痢

 細菌の感染によって引き起こされる赤痢.アメーバ赤痢に対していう.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の細菌性赤痢の言及

【赤痢】より

…赤痢とは発熱,下腹部痛,粘液・血液を混じた頻回の下痢,しぶりばらtenesmus(裏急後重)を主要症状とする法定伝染病で,主として大腸粘膜の潰瘍性炎症を伴う腸管感染症である。その病原体によって細菌性赤痢とアメーバ赤痢に分類される。
[細菌性赤痢bacillary dysentery]
 病原体である赤痢菌は1897年志賀潔によって発見され,志賀の名にちなんでShigellaという属名がつけられた。…

【熱帯医学】より

…発疹熱は世界的に広くみられるが,メキシコ湾沿岸および南地中海沿岸に多くみられ,媒介動物はネズミおよびネズミノミである。 細菌類によるものには,細菌性赤痢,腸チフス,パラチフス,コレラ,ペスト,野兎(やと)病,癩などがある。細菌性赤痢は赤痢菌によって引き起こされ,保菌者や患者の糞便とともに排出された赤痢菌が,ハエ,ゴキブリの媒介によって飲食物に混入し経口感染する。…

※「細菌性赤痢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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