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越国 こしのくに

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

越国
こしのくに

「高志」とも書く。奈良時代の越前,加賀,能登,越中,越後,佐渡および出羽の南部の総称。大和朝廷と蝦夷との接触地であったため,蝦夷との抗争が続き,大化3 (647) 年には渟足柵 (ぬたりのき) が設けられた。

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百科事典マイペディアの解説

越国【こしのくに】

古代,本州の日本海沿岸域の敦賀(つるが)湾から津軽(つがる)半島までを包括する広域地名。高志・古志・古之とも書く。《日本書紀》によれば,山陰との関係が深く,高句麗(こうくり)など対岸諸地域との交流があって,畿内の王権に対し独立性の強い地域であったが,6世紀,〈越〉から継体天皇が迎えられ,7世紀ごろまでには畿内王権の掌握下におかれたようである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

越国
こしのくに

古代北陸地方の国名。のち北陸道の越前(えちぜん)(福井県)から越後(えちご)(新潟県)に至る地帯の汎称(はんしょう)で、古志、高志とも書かれた。「越す」を語源とすれば、近畿から北方に渡るという地勢に由来するであろう。この地は、大彦命(おおひこのみこと)の後裔(こうえい)という阿倍(あべ)氏の勢力圏であった。欽明(きんめい)朝に高句麗(こうくり)の使者が漂着したとか、律令(りつりょう)時代に渤海使(ぼっかいし)が来航したとかというように対外交易上の要地でもあった。斉明(さいめい)朝に水軍を率い北航した阿倍比羅夫(あべのひらふ)は越国守であった。7世紀末に越前・越中(えっちゅう)・越後3国に分割された。[新野直吉]

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世界大百科事典内の越国の言及

【越】より

…古代の広域地名。高志,古志,古之とも書く。本州の日本海沿岸域北半,敦賀湾から津軽半島までを包括する。律令期以降の越前,加賀,能登,越中,越後,出羽に相当し,若狭,佐渡は含まれない。《日本書紀》の国生み神話の多くは,本州を意味する〈大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)〉とは別に〈越洲(こしのしま)〉を掲げており,かなり遅くまで畿内の王権とのつながりの薄い独立性の強い地域であったと考えられるが,507年には継体天皇を畿内に送り出したと伝承される。…

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