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趙樹理 ちょうじゅり Zhao Shu-li

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

趙樹理
ちょうじゅり
Zhao Shu-li

[生]光緒32(1906)
[没]1970.9.23.
中国の小説家。山西省沁水 (しんすい) 県の人。長治師範学校に在学中,山西省の学生運動に加わり下獄。抗日戦争が始ると太行山脈中の共産党地区で新聞の編集に従事。 1943年処女作『小二黒 (シヤオアルヘイ) の結婚』,同年『李有才板話』を発表。

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デジタル大辞泉の解説

ちょう‐じゅり〔テウ‐〕【趙樹理】

[1906~1970]中国の作家。沁水(しんすい)(山西省)の人。小説「小二黒の結婚」「李有才板話」などは毛沢東の「文芸講話」を具体化したものとして有名。他に「李家荘の変遷」「三里湾」など。チャオシューリー。

チャオ‐シューリー【趙樹理】

ちょうじゅり(趙樹理)

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百科事典マイペディアの解説

趙樹理【ちょうじゅり】

中国の作家。学生運動で下獄,出獄後は雑多な職につきながら大衆向け文芸作品を試作,毛沢東の〈文芸講話〉に応えた短編《小二黒の結婚》《李有才板話》,長編《李家荘の変遷》で人民文学の代表的作家となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうじゅり【趙樹理 Zhào Shù lǐ】

1906‐70
中国の文芸家。山西省沁水県の人。地方伝統劇の改作や若手の育成にも努めた。事件の明解な決着を軸に,簡潔な語り口と軽妙なユーモアで,農民を生き生きと形象化した短編小説《小二黒の結婚》の出版(1943)は,毛沢東の《文芸講話》(1942)によって方向づけられた文芸大衆化の具体化であった。《李有才板話》(1943),《結婚登記》(1950),《三里湾》(1955),《鍛練鍛練》(1958)等は,現実の農村工作における問題の解決に有効性を発揮した。

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大辞林 第三版の解説

ちょうじゅり【趙樹理】

1906~1970) 中国、現代の小説家。山西省出身。「小二黒の結婚」で作家として認められ、以後、「李有才板話」「李家荘の変遷」「三里湾」などを発表。新しい農民像を描き、毛沢東の「文芸講話」を実践して文芸の大衆化を推進。チャオ=シューリー。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

趙樹理
ちょうじゅり / チャオシューリー
(1906―1970)

中国の代表的農村作家。9月24日生まれ。山西省沁水(しんすい)県の没落中農の出身。長治の省立師範学校在学中、閻錫山(えんしゃくざん)の白色テロで学校を離れ、教師などをして山西を転々としながら創作を始める。学生時代は新文学作品に熱中したが、農民との接触のなかで文芸の大衆化、通俗化の必要を感じ、1937、38年の犠牲救国同盟会での活動を経てその思いをさらに強める。その後はおもに小型新聞編集などの宣伝工作に従事し、紙面で大衆化を実践するが、伝統的な民間形式を考慮して農民に語り聞かせるように書かれた趙樹理流の作風は、42年に『文芸講話』が発表されてからようやく注目を浴びるようになり、ことに『小二黒の結婚』『李有才板話』『李家荘(りかそう)の変遷』の相次ぐ成功は文芸界に大きな衝撃を与えて「趙樹理方向に学べ」とまでいわしめた。解放後はおもに北京(ペキン)で『説説唱唱』『曲芸』などの雑誌を編集しながら積極的に農村に入って『結婚登記』『三里湾』など、社会主義建設の各段階に応じた力作を書き、つねに人民文学作家のトップにいたが、大躍進期以降「問題小説」と自称する彼の主題の求め方に対して批判もおこり、文化大革命が始まると、英雄を主人公としないことからいわゆる「中間人物論」批判の槍玉(やりだま)にあげられ、70年のつるし上げ大会で9月23日死亡した。[杉本雅子]
『小野忍・岡崎俊夫訳『現代中国文学8 趙樹理』(1971・河出書房新社) ▽駒田信二編『中国の革命と文学7 趙樹理集』(1972・平凡社) ▽釜屋修著『中国の栄光と悲惨――評伝趙樹理』(1979・玉川大学出版部)』

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世界大百科事典内の趙樹理の言及

【中国文学】より

…1942年には,延安で文芸座談会を開き,その席上毛沢東は有名な《文芸講話》を行って,知識人のおごりをすてて労働者,農民,兵士に学べと説き,〈人民に奉仕せよ〉と号令した。作家たちはこの方向に沿って農村に根を下ろし,〈自己改造〉に努めたが,やがて趙樹理の短編《小二黒の結婚》や《李有才の語りもの》(ともに1943),歌劇《白毛女》(集団創作。1944),李季の長詩《王貴と李香香》など,民話や民謡,語り物などと結びついた作品が生まれ,《文芸講話》に内実を与えた。…

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