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趙紫陽 ちょうしようZhao Zi-yang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

趙紫陽
ちょうしよう
Zhao Zi-yang

[生]1919. 河南,滑
[没]2005.1.17. 北京
中国の政治家。大地主の家に生まれ,1932年中国共産主義青年団に入団,1938年中国共産党入党。抗日戦争中,河北,山東,河南の抗日拠点で党委員会書記を務めた。解放後,1951年広東省で土地改革を指導,1953年華南分局農村工作部長,1965年広東省党委員会第1書記。文化大革命中の 1967年1月「中国のフルシチョフ (劉少奇) の代理人」と批判され,失脚。 1971年内モンゴル自治区党委員会書記として復活,1975年四川省党委員会第1書記として同省の経済改革に大きな成果を上げ,農業生産を毎年 10%前後高めた。 1973年以来,党中央委員,「四人組」失脚後の 1977年党政治局委員候補,1979年9月政治局委員,1980年2月政治局常務委員と党指導部の要職を歴任した。さらに 1980年4月国務院副総理 (副首相) ,9月華国鋒に代わって中国の第3代国務院総理 (首相) に就任。同職務を 1987年 11月まで務めた。経済改革,機構改革などで改革と開放政策を積極的に推進,鄧小平体制を支える主要な指導者の一人となった。 1987年 10月党中央委員会総書記,党中央軍事委員会第1副主席に選出され,政治改革,沿海地域発展戦略,社会主義初級段階の理論,社会主義商品経済新秩序建設などを打ち出した。 1989年6月民主化運動の責任を問われ (→天安門事件 ) ,すべての職務を解かれ党内審査の処分を受けた。

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デジタル大辞泉の解説

ちょう‐しよう〔テウシヤウ〕【趙紫陽】

[1919~2005]中国の政治家。河南省出身。1938年中国共産党入党。1980年首相に就任し、鄧小平補佐。1987年党総書記となる。1989年民主化要求運動を支持したため失脚した。チャオ=ズーヤン。

チャオ‐ズーヤン【趙紫陽】

ちょうしよう(趙紫陽)

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百科事典マイペディアの解説

趙紫陽【ちょうしよう】

中国の政治家。河南省生れ。1938年中国共産党に入党し,抗日戦争中は地方幹部として活動。文化大革命で批判され,1967年に失脚したが,1971年に復活。1980年首相,1987年に胡耀邦(こようほう)に代わって中国共産党総書記に就任。
→関連項目温家宝江沢民中華人民共和国

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

趙紫陽
ちょうしよう / チャオズーヤン
(1919―2005)

中国の政治家。河南(かなん)省滑(かつ)県生まれ。地主の家に育ち、初級中学卒業。小学校教師。1932年共産主義青年団に入り、1938年中国共産党入党。八路軍根拠地となった故郷で抗日ゲリラに参加、滑県党委員会書記となる。1940年冀魯豫(きろよ)辺区三専区党委員会書記。同年日本軍の八路軍討伐作戦にあうが脱出。国共内戦下の1947年劉伯承(りゅうはくしょう)小平(とうしょうへい)軍が大別山(だいべつさん)に進出したとき、桐柏山(とうはくさん)区党委員会副書記として土地改革に活躍。新中国成立後の1951年広東(カントン)省政府土地改革委員会副主任。1953年党華南(かなん)局農村工作部長。1955年広東省党委員会副書記として農業合作化を推進。1958年人民公社化で毛沢東(もうたくとう)を絶対支持。1965年陶鋳(とうちゅう)が中南局書記のとき広東省党委員会第一書記となる。「文化大革命」期の1967年副首相の陶鋳が失脚し、趙も1968年失脚。1971年内モンゴル自治区党委員会書記に復活。1972年広東省革命委員会副主任。1973年党中央委員。1975年四川(しせん)省党委員会第一書記。1976年同省革命委員会主任兼成都部隊第一政治委員。「四人組」追放直後、四川で農業増産、工業自由化策を推進、請負責任制の先駆となる。1977年小平派として党中央委員・政治局員候補になる。1979年政治局員。1980年2月政治局常務委員。同年4月副首相。小平の片腕として、同年9月首相に就任。1981年党副主席、翌1982年政治局常務委員。1987年総書記となるが、1989年市民や学生による大規模な民主化要求運動を支持したため、同年6月の第二次天安門事件で失脚、その後は北京で事実上の軟禁生活を送った。[高市恵之助・渋谷 司]
『田所竹彦著『北京迷走――小平・胡耀邦・趙紫陽の軌跡』(1989・亜紀書房)』

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