コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

軍機処 ぐんきしょ Jun-ji-chu; Chün-chi-ch`u

6件 の用語解説(軍機処の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

軍機処
ぐんきしょ
Jun-ji-chu; Chün-chi-ch`u

中国,清朝中期から清末にかけての軍事,国政上の最高機関。正式名称の「辧理軍機処」を略したもの。雍正帝ジュンガル (準 噶爾) 征討のときに,軍事機密を保持するため,雍正7 (1729) 年に紫禁城内の乾清門付近に臨時に軍需房を設置した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ぐんき‐しょ【軍機処】

中国、朝の軍事・行政上の最高機関。1729年、軍機をつかさどるために設けられ、のちには一般政治をも統轄した。1911年に廃止。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

軍機処【ぐんきしょ】

中国,清朝の雍正帝時代に設置された軍事行政上の最高機関。雍正帝が軍事機密維持のため軍事房を設置したことに始まる。正称は【べん】理軍機処。臨時機関から常置機関となり行政権限をも把握する実質的最高機関として1911年まで存続。
→関連項目総理衙門内閣(中国)

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ぐんきしょ【軍機処 Jūn jī chù】

中国,清朝の最高政務機関。正式には辦理軍機処という。清初,皇帝を補佐する最高機関としては議政王大臣と内閣があったが,ジュンガル出兵に関する機密の保持のため,1730年(雍正8)に軍需房(のち軍機房,ついで軍需処と改称)が設置された。軍需房は内閣の分局にすぎなかったが,1732年に独立し,正式に軍機処と呼ばれることになった。このように雍正年間の軍機処は北方遊牧民族に対する軍事力行使のために臨時に設けられた小委員会にすぎなかったが,つづく乾隆朝になると内閣の実権を奪い,以来清代を通じて重要政務全般をつかさどる最高機関であった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ぐんきしょ【軍機処】

中国、清朝の軍事行政上の最高機関。1729年創設。数名の軍機大臣が置かれ、皇帝の最高諮問機関として1911年まで存続した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

軍機処
ぐんきしょ

中国、清(しん)代中期以後の最高政治機関。1729年、青海地方のジュンガル征討の際、用兵の迅速と軍機の保持を図るため、紫禁城(しきんじょう)内の皇帝の居所に近い隆宗門の内側に軍需房が設けられた。これはその後、(べんり)軍機処と称するようになり、略して軍機処といった。35年乾隆帝(けんりゅうてい)が即位すると、軍機処を廃し、その事務を総理事務王大臣が兼務したが、37年復活され、清朝滅亡直前の1911年まで存続した。もともと臨時に設けられたものにすぎなかった軍機処は、やがて常設の機関として軍事ばかりでなく重要な一般政務をも扱うようになったので、最高政治機関である内閣の実権はここに移り、議政王大臣は有名無実化した。軍機処には内閣大学士、六部(りくぶ)の尚書、侍郎(じろう)などのなかから選ばれた数名の軍機大臣が出仕して、実質的に宰相の役割を果たし、そのもとで内閣舎人(しゃじん)などのなかから選ばれた軍機章京(ジャンギン)が文書の処理にあたった。[神田信夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の軍機処の言及

【中国】より

…具体的にいえば,天子の決裁の下書きをひとつひとつの上奏文に貼付して天子に差し出す,天子はそれを自筆で写して書きこめばよいのである。つまり中央政府は内閣・六部というのが根幹の体制であるが,しかし清朝になると軍機密保持の便宜上,天子の側近にさらに軍機処(参謀本部)が設けられ,これがいつしか恒常的な政務機構となって,内閣の取り扱うべき政務を軍機処が扱うようになり,内閣は有名無実のごとくなったが,旧中国の特徴として,いったん存在しはじめた内閣を廃止してしまうことはしない。このような,誰が考えても任務や権限が重複し,実質的に無用に帰した官庁を廃止しようとせず,いつまでも存しておくのは,例えば2000年前,漢代の九寺という行政最高官庁(法務庁たる大理寺,対属国外務庁たる鴻臚(こうろ)寺など)が六部その他と重複するにもかかわらず,重複したままで,ごく一部分でも職務を分け与えて,歴代綿々として存続せしめられたごとき,今日の常識からは到底理解できない。…

※「軍機処」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

軍機処の関連キーワード議政府紫禁城清朝旗兵併合罪の最高刑清朝の満州語公文書備辺司ハルピン特務機関辦理軍機処奉天特務機関

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone