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農業集団化 のうぎょうしゅうだんか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

農業集団化
のうぎょうしゅうだんか

第1次5ヵ年計画による工業化を開始しようとしていたソ連当局が,都市労働者と軍隊を養い,輸出を増大させるために必要な穀物調達率の大幅な向上を目指してとった政策。 1927年 12月の第 15回党大会では個人農が大半を占めるロシア農村を,コルホーズの結成により改造することを決議した (それによりこの大会は「集団化の大会」と呼ばれた) 。農民はこれに強く反発し,大量の家畜を殺し,放火や殺人事件も頻発した。ブハーリンは集団化に反対して,政治局を除名された。スターリンは 29年 11月『偉大なる転換の年』を書き「階級としての富農の絶滅」をスローガンに全面的集団化を開始した。しかし富農と中農・貧農との区別は明確ではなく,集団化に対する態度によって恣意的に選び出された。「富農」は財産を奪われ,強制収容所に送られ,あるいはシベリアへ流刑になった。このような農民は 1000万人に達し,数百万人が死亡したといわれる。集団化率は,32年に全農家の 60%,播種面積の 70%に達したが,穀物生産はむしろ減少し,家畜頭数はとくに大幅に減少した。農業集団化はスターリンの「上からの革命」といわれ,農村を荒廃させたばかりでなく,ソ連社会全体に全体主義的構造と恐怖政治の雰囲気をもたらす一因となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

のうぎょうしゅうだんか【農業集団化 collectivization of agriculture】

個人農を何らかの集団的経営に組織すること。農業の集団的大規模経営については,C.フーリエにもその合理性の主張がみられるが,その主張はマルクスを経て,カウツキーレーニンへと受けつがれ,1917年の十月革命後のソ連で実行に移される。第2次大戦後は東ヨーロッパの社会主義諸国でも,集団経営が農業の基本形態として位置づけられるようになった。中国では1953‐57年に合作社運動が展開され,58年に人民公社が登場する(1980年代前半に解体された)。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

農業集団化
のうぎょうしゅうだんか

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