遅発性肝不全

内科学 第10版の解説

遅発性肝不全(劇症肝炎・亜急性肝炎)

概念・定義
 1970年にTreyとDavidsonが発症から8週以内に肝性脳症を発症する急性肝疾患を「劇症肝不全(fulminant hepatic failure)」と定義した.しかし,肝性脳症を8週以降に生じる症例も,劇症肝不全と同様に予後が不良であることから,1986年にGimsonらはこれら亜急性の経過を呈する症例を「遅発性肝不全(LOHF)」と命名した.わが国では1981年に「劇症肝炎」の概念が発表されたが,2003年にその診断基準を改定する際に,発症から8週以降24週間以内に昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症を発症する肝炎をLOHFと診断し,類縁疾患として扱うことが明記された. 欧米では2005年に劇症肝不全に代わって「急性肝不全(acute liver failure)の用語を利用することが決定し,わが国でも2011年には急性肝不全の診断基準が発表された.これに伴って,LOHFは「プロトロンビン時間が40%以下ないしはINR値1.5以上で,初発症状出現から8週以降24週以内に昏睡Ⅱ度以上の脳症を発現する症例」と定義されるようになった.なお,わが国では2010年までは,LOHFを肝炎症例に限定していたが,2011年以降は急性肝不全の診断基準に一致させて,薬物中毒,代謝性疾患など肝炎像を伴わない症例もLOHFに含めることになった.
疫学
 厚生労働省研究班の全国集計には,1998~2009年に発症したLOHF 92例が登録されている(表9-3-8).劇症肝炎はこの期間の登録症例数が994例であり,その推定患者数が年間約400例であることを考慮すると,LOHFの患者数は年間40例程度のまれな疾患と見なされる.
 LOHFは劇症肝炎に比して女性が高率で,年齢も高齢である.なお,患者年齢の高齢化は2004年以降の症例で顕著になっている.また,生活習慣病,悪性腫瘍,精神疾患などの基礎疾患を有する症例が50%以上を占めており,これに対する薬物歴が高率であることも特徴である.
成因
 LOHFは約40%が成因不明である(表9-3-8).ウイルス性は大部分がB型キャリア例であるが,その頻度は劇症肝炎より低率である.一方,薬物性および自己免疫性はウイルス性とほぼ同頻度で認められる.成因不明例では薬物や自己免疫の関与が推定されているが,未知の肝炎ウイルス感染が原因である可能性も否定できない.なお,厚生労働省研究班は2011年度に「2010年発症の急性肝不全とLOHFに関する全国調査」を実施したが,これに登録されたLOHF症例は全例が肝炎像を伴う症例であり,肝炎像を伴わないLOHFの実態に関しては明らかになっていない.
臨床症状
 LOHFでは初発症状の明らかでない症例が多く,昏睡出現前から黄疸が出現し,その進行とともに全身倦怠感,悪心,食欲低下などの消化器症状を発症するのが一般的である.昏睡出現時には黄疸は全例で,腹水,下腿浮腫,肝濁音界消失は60~80%で観察される.肝性脳症に関連した症候としては羽ばたき振戦が約80%,肝性口臭が約40%でみられる.また,発熱も認められる症例も多いが,これは細菌感染を約50%で併発するためと考えられる.その他の合併症としては消化管出血を約20%,腎不全とDICを約40%で併発し,脳浮腫が約20%の症例でみられる.
 したがって,LOHFはまず黄疸,腹水,浮腫など非代償性肝硬変と類似した症候で発症し,これが1~2カ月の経過で徐々に増悪する間に感染症などの合併症を併発,末期になって肝性脳症を併発するのが一般的な経過と考えられる.
検査成績
 昏睡出現時におけるLOHFの血液検査成績は劇症肝炎亜急性型と類似しており,劇症肝炎急性型に比して血清トランスアミナーゼ値上昇,プロトロンビン時間(%)低下は軽度であるが,総ビリルビン濃度上昇が顕著である.血清AST,ALT値は100 IU/L程度の症例が多いが,異常値が長期にわたって持続して,総ビリルビン濃度は徐々に高値となり,直接/総ビリルビン濃度比は低下する.また,血漿アンモニア濃度の上昇も認められる.
 腹部超音波,CTなどの画像診断ではLOHFの約90%で肝萎縮が観察される.このため,非昏睡型症例では定期的に画像診断を施行して肝萎縮の有無を評価することが,予後を予測する際の重要である.
鑑別診断
 非代償性肝硬変と慢性肝疾患の急性増悪例であるacute-on-chronicとの鑑別が重要である.LOHFは肝萎縮のみならず,腹水,肝表面の凹凸変形など慢性肝疾患に特徴的な所見も認められる場合があり,一時点での血液検査ないし画像検査では,これら疾患との鑑別は不可能である.特に問題となるのはB型キャリア例と自己免疫性例で,明らかな慢性肝疾患が先行する場合はLOHFから除外しなければならない.なお,アルコール性肝炎は肝硬変を基盤に発症するacute-on-chronicが大部分であり,通常は診断から除外している.
治療
 肝性脳症を併発する前は経口投与による栄養管理を原則とするが,食欲摂取が低下している場合および肝性脳症を発症してLOHFと診断された後は,輸液ないし経腸製剤による栄養療法を実施する.劇症肝炎では特殊組成アミノ酸製剤は用いられないが,LOHFでは血清分枝鎖アミノ酸/チロシン濃度比を測定し,同比と分枝鎖アミノ酸濃度がともに低値の場合は栄養管理や肝性脳症の治療の目的で投与する場合もある.
 治療で最も重要なのは,成因に対する治療と肝庇護療法であるが,LOHFは成因不明例が多いため,特定の治療を選択できない場合が多い.なお,全国集計ではLOHFの約75%で副腎ステロイドの大量静注療法が実施されているが,血清トランスアミナーゼ低値の症例は多いため,その有用性に関する評価は一定していない.
 昏睡Ⅱ度以上の肝性脳症を併発してLOHFと診断された場合は,血漿交換と血液濾過透析を併用した人工肝補助療法を開始する.肝性脳症に対してはラクツロースを注腸で投与し,腸管難吸収性の抗菌薬である硫酸ポリミキシンBを用いた腸内殺菌を実施する.なお,昏睡Ⅲ度以上の症例では脳浮腫を高率に合併するため,上半身を軽度挙上させ,マンニトールを投与して脳圧低下に努める.感染症,消化管出血,腎不全,DICなどの合併症の予防と治療も重要である. LOHFの症例を救命するためには肝移植を実施せざるを得ない場合が多く,昏睡出現時には家族に生体部分肝移植に関する説明を行うとともに,肝移植実施施設へ患者情報を提供する.ただし,LOHFでは昏睡出現前から肝移植の適応を検討される症例も多いことに留意する必要がある.
経過・予後
 LOHF症例の予後は不良で,内科的治療による救命率は12%であり,劇症肝炎亜急性型と比較しても約1/2と低率である(表9-3-8).また,肝性脳症が出現した後は劇症肝炎亜急性型よりも経過が急峻であり,短期間で死亡する場合が多い.なお,最近では生体肝移植を実施する症例が増加しているため,これを含めた全体での救命率は25%に達している.[持田 智]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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