遊行上人(読み)ゆぎょうしょうにん

世界大百科事典 第2版の解説

ゆぎょうしょうにん【遊行上人】

清浄光(しようじようこう)寺(遊行寺ともいう)を拠点とし,回国する時宗の指導者の称。特に時宗の開祖一遍,その弟子で時宗遊行派の祖他阿真教をさすことも多い。遊行は,本来修行僧が衆生教化と自己修養のために諸国を巡歴することで,仏教の修行の主要なものの一つであった。飛錫,巡錫などの語でもあらわし,禅宗では行脚の語を多く用いる。平安時代には山野を抖擻(とそう)する聖(ひじり)があらわれ,修験道では遊行が重んぜられた。

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大辞林 第三版の解説

ゆぎょうしょうにん【遊行上人】

各地を遊行して歩く僧。
時宗の総本山遊行寺(清浄光寺)の歴代住職のこと。特に、開祖一遍またはその弟子の真教のことをいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

遊行上人
ゆぎょうしょうにん

時宗(じしゅう)教団の指導者の地位の呼称。元来「遊行」ということばは仏典にみえ、宗祖一遍(いっぺん)は平安時代の遊行者空也(くうや)を「わが先達(せんだつ)なり」(『一遍聖絵(ひじりえ)』第7)と敬慕し、自身も「居住を風雲にまかせ」(同前)る布教伝道の旅(遊行)に生涯を終えた。しかし二祖他阿真教(たあしんきょう)の代になると、時衆は多数の外護(げご)者の要求をいれて寺や道場に止住するようになり、教団の体制を固めていく。[広神 清]
『大橋俊雄著『時宗の成立と展開』(1973・吉川弘文館) ▽今井雅晴著『時宗成立史の研究』(1981・吉川弘文館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

ゆぎょう‐しょうにん ユギャウシャウニン【遊行上人】

〘名〙 時宗総本山、遊行寺の歴代の住職の称。特に、開祖の一遍上人、また、その弟子で、時宗遊行派の開祖の真教上人をさしていう。諸国に遊行して念仏を勧め説いたところからの名。遊行。遊行和尚。遊行の上人。
※満済准后日記‐応永二一年(1414)五月一一日「斎藤別当真盛霊、於加州篠原出現、逢遊行上人、受十念

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世界大百科事典内の遊行上人の言及

【一蓮寺】より

…中世には武田氏一族の保護を受けて栄えた。近世・近代では時宗の指導者遊行上人の候補者が住職となる重要寺院であった。1952年時宗から独立。…

【斎藤実盛】より

…老武者とあなどられぬための武人のたしなみとわかり,源氏方の武将はみな深い感銘を受けたという。また《満済准后日記》応永21年(1414)5月11日条に実盛の霊が加賀篠原に出現し,時宗の遊行上人が十念を授けてとむらった記事があり,当時こうした伝説類が流布していたらしい。謡曲《実盛》は遊行上人が篠原で実盛の霊をとむらうという内容で,世間に流布していた伝説類にもとづいて脚色されている。…

【時宗】より

…一遍の死後,あとを受けついだ他阿弥陀仏(他阿)真教は,各地に寺を建てて教団の組織化につとめた。一遍と真教の活動は,《一遍聖絵》《遊行上人縁起絵》などによって伝えられている。時宗の代々の指導者は,遊行の生活を続けたので,遊行上人と呼ばれた。…

【真教】より

…鎌倉時代の時宗の僧で,遊行上人第2世。他阿弥陀仏と称した。…

【呑海】より

…鎌倉時代の時宗の僧。遊行上人第4世。他阿弥陀仏と称した。…

【遊行】より

… しかし,遊行聖の典型は,寺に住せず,踊念仏と賦算(ふさん)(念仏の札配り)の一生を送った時宗開祖一遍と,彼に従った時衆に見いだしうる。一遍没後は他阿真教が遊行上人となり,道場経営にも力を入れた。また,遊行上人が老病などのため遊行困難となると道場に隠居し(独住という),藤沢上人と号した。…

※「遊行上人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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