過怠(読み)かたい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

過怠
かたい

銭,過 (科) 料,過 (科) 銭,弁償などともいう。鎌倉~戦国時代の刑罰の一つ。本来は過失の意であるが,その結果生じた罪科や,その他の罪科に科せられる刑罰そのものをもいうようになった。これには銭貨,あるいは兵器,布,馬などの物品を徴したり,神社,仏寺,橋梁,道路などの修理を命じたりして罪科を償わせるものと,加害者をして被害者にその損害を銭貨などで弁償させるものとがあった。なお,王朝時代の怠状には訴訟手続上の自白書と刑罰としての仕末書提出の2種があり,後者は律外の科刑として多くの実例を見出すことができる。

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デジタル大辞泉の解説

か‐たい〔クワ‐〕【過怠】

過失。あやまち。てぬかり。科怠。
中世武家の法で、過失行為に対する刑罰。金品を課したり、労役に服させたりした。
あやまちや失敗に対して償いをさせること。また、その償い。うめあわせ。
「御前にてさやうに慮外な事を申すほどに、其の―に、くわっとした歌を今一首づつ申し上げい」〈虎明狂・餅酒〉

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世界大百科事典 第2版の解説

かたい【過怠】

中世から近世にかけて行われた武家法上の刑罰。過怠とは,本来,過失とか罪科の意味であったが,のちにこの行為に対して財物などの負担を負わせる刑罰を意味するようになった。鎌倉幕府が,1231年(寛喜3)に,謀反人を預けられた者がその罪人を逃がしたとき,罪人の罪の軽重にしたがって,重い者は所領を没収し,軽い者には過怠として寺社の修理等を命じたのが初期の事例である。1232年(貞永1)の《御成敗式目》では,謀書に関する罪科(15条)などに寺社の修理を課し,1235年(文暦2)には京都大番役を怠った西国御家人に清水寺橋修理を命じている。

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大辞林 第三版の解説

かたい【過怠】

あやまち。てぬかり。 「大した-もなく勤めを終える」
中世、過失や罪を犯した者に対して金銭や労役によって償わせた武家法上の刑罰。
あやまちの償いにする物事。 「馬場を渡らずは、百文の-なり/申楽談儀」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

過怠
かたい

とが、あやまち、おこたりなど軽微な犯罪、およびそれへの刑罰。古代以来これら軽微な犯罪には、過状(かじょう)や怠状(たいじょう)を書かせて一定期間謹慎させていた。過怠はおそらくこれを源流としたもので、平安後期から頻繁に史料上に現れる。1231年(寛喜3)の鎌倉幕府法令に、預け置かれた犯人が逃亡したとき、犯人の罪が重罪でなければ、預かり人に寺社修理などの過怠を行わせるという規定がある。これは過怠が所領没収に及ばない労役刑ないし財産(罰金)刑であったことを端的に示している。財産刑の場合は過料、過怠銭、贖銅(しょくどう)などともいわれ、諸国国衙(こくが)、寺社・荘園領主、惣村(そうそん)などでも広く行われ、近世にはもっぱら罰金刑を意味する言葉となった。[義江彰夫]
『義江彰夫著「院政期の没官と過料」(『奈良平安時代史論集』1984・吉川弘文館)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

か‐たい クヮ‥【過怠】

〘名〙
① あやまちや怠慢。過失。科怠
※小右記‐永観二年(984)一二月一日「又件両人年歯太若、自然過怠歟」
② 中世以後、あやまちや過失の行為があったとして罰すること。武家法では、人身的刑罰に対比して、銭貨、財物や労務で償わせる、比較的軽い刑罰。銭のときは、これを過怠銭過料銭、過銭という。科怠。過代
※藤貞幹本御成敗式目附尾‐(寛喜三年(1231))七月「所預置召人令逃失罪科事〈略〉随軽重過怠
③ (②から転じて) あやまちや手ぬかりがあった時に与える軽いこらしめの罰。
※虎明本狂言・餠酒(室町末‐近世初)「御前にてさやうに慮外な事を申ほどに、其過体に、くゎっとした歌を今一首づつ申上い」

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