郭象(読み)かくしょう

日本大百科全書(ニッポニカ)「郭象」の解説

郭象
かくしょう
(?―312)

中国西晋(せいしん)の思想家。(あざな)は子玄(しげん)。一時期、東海王司馬越(しばえつ)(?―311)に召されて大傅主簿(たいふしゅぼ)となったこともあるが、ほとんど野にあって老荘思想の研究に従事し、生涯を終えた。彼の功績は、『荘子(そうじ)』のテキストを整理して現行の33篇(ぺん)本を定めたこと、またその解を著したことである。それ以前、漢代から伝えられていた『荘子』は52篇本であったが、それは精善なテキストではなかった。そこで西晋代には、これを再編成して司馬彪(ひょう)(?―306ころ)の52篇本、崔譔(さいせん)の27篇本、向秀(しょうしゅう)の26篇本などが続出したが、そのなかでもっとも優れた成果を示したのが郭象の33篇本であって、唐代以後はこれが唯一のテキストとして定着した。またその注解は、もっとも代表的な『荘子』注として広く読まれている。

[楠山春樹 2016年1月19日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「郭象」の解説

郭象
かくしょう
Guo Xiang

[生]?
[]永嘉6(312)頃
中国,西晋の学者。字は子玄。一時東海王越に仕えた。老荘思想を好み,『荘子』の定本をつくって,これに注した。その注は,現在でも『荘子』研究の出発点となっている。

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世界大百科事典 第2版「郭象」の解説

かくしょう【郭象 Guō Xiàng】

252?‐312
中国,西晋の思想家。字は子玄。河南(河南省洛陽)の人。後半生を司馬越(東海王)の太傅(たいふ)主簿として政界権勢を振るった。著述《荘子注》は,従来の52編本《荘子》を33編に改編して独自の思想的解釈を深めた。万物充足境遇に無限に適合する〈性分〉に任せた〈自得〉にある,あるがままの現状が即自的に自足するとして,当時の階層身分秩序を天理とみとめ,礼教社会がそのまま自然無為だと説く名教〈自然〉論を展開した。

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