中国,魏・晋時代に盛行した《老子》《荘子》《周易》に基礎をおく哲学。これらの書物は〈三玄〉と呼ばれた。前漢末の揚雄や後漢末の荆州の群雄である劉表(りゆうひよう)のもとにさかえた学団にその起源はもとめられるが,確立者は魏の何晏(かあん)や王弼(おうひつ)たちである。何晏は《論語》の注釈を,王弼は《老子》および《周易》の注釈を著し,天地万物の本体を〈無〉にもとめる形而上学の立場から,漢代の儒学にかわる哲学を樹立した。その結果,儒家の古典である《論語》や《周易》にたいして,老子流の解釈がほどこされるとともに,儒家の聖人が〈無〉の体得者である道家的聖人として,あらたな意味づけをあたえられた。とくに王弼は,聖人を〈無〉を体得しながら,しかも喜怒哀楽の情によって万物に感応するものと考えたが,これは東晋の孫綽(そんしやく)の〈喩道論〉が,仏は道を体得しながらしかも衆生に感応して教え導くもの,と説くことにそのまま通じ,玄学的理解は,儒家と道家の一致だけではなく,儒仏道三教一致論の理論的基礎をも用意したといえる。何晏や王弼の学風は,かれらが正始時代(240-248)に活躍したところから〈正始の音〉とか〈正始の風〉とか呼ばれて後世の清談家たちから慕われたが,その一方,西晋の裴頠(はいき)の〈崇有論〉や東晋の王坦之の〈廃荘論〉はかれらの哲学的立場を批判し,また東晋の范寧(はんねい)の〈王弼何晏論〉は,仁義礼楽の破壊者として2人の罪をそしった。何晏や王弼にややおくれてあらわれた竹林の七賢(七賢人)の巨頭である阮籍(げんせき)は《通易論》《通老論》《達荘論》等を,おなじく嵆康(けいこう)は《釈私論》《声無哀楽論》等を著して,老荘的自然の立場から儒家的名教をするどく批判した。これら玄学者たちがとりあげたテーマは,たとえば〈声無哀楽論〉や〈言不尽意論〉のように,清談家の哲学的談論にとりあげられた場合がすくなくない。また仏教の〈空〉の解釈に影響をあたえたほか,東晋時代の玄言詩と呼ばれるいささか生硬な哲学詩もその影響下に生まれた。
執筆者:吉川 忠夫
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中国の六朝(りくちょう)、とくに魏(ぎ)・晋(しん)の時代(220~420)に流行した『老子(ろうし)』『荘子(そうじ)』『易(えき)』の3書を尊崇する学風。この三書は「三玄」(北斉(ほくせい)の顔之推(がんしすい)著『顔氏家訓』勉学篇(へん))ともよばれた。玄学の「玄」は、『老子』首章に、道は「玄の又玄、衆妙の門なり」とあるのに由来する。玄学は初め、三国時代魏の正始(せいし)(240~248)のころ、何晏(かあん)や王弼(おうひつ)が『老子』や『易』の思想を好み、その注釈をつくって宣揚したことに始まる。のちには阮籍(げんせき)、稽康(けいこう)、向秀らが出て、『荘子』を重んずるようになった。玄学の特色は、単に『老子』や『荘子』の道家思想を重んずるだけでなく、儒家の経典である『易』も尊び、儒家と道家の二つの思想を調和融合させて、両者に共通する普遍的な道を求めるところにある。この態度は、漢代に儒教だけが国教として特別に尊重されたのに反発して、魏・晋の知識人がさまざまな思想や価値を認めようとした風潮の一つの表れである。注釈の仕方においても、漢代の訓詁(くんこ)学が語句の字義や典故に拘泥するのに対して、玄学家の注釈では語句の表面上の意味よりも、思想の本質を解明しようとする態度が重んぜられた。
[小林正美]
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…また〈玄酒〉といえば祭礼のさいに酒の代用とされる水を意味する。哲学として〈玄〉をとくに強調したのは前漢末の揚雄が《易経》になぞらえてつくった《太玄経》であり,また《老子》の〈無〉に基礎をおく魏・晋の哲学は〈玄学〉とよばれた。【吉川 忠夫】。…
…六朝初期,早くも竹林の七賢をはじめとする老荘思想家が輩出し,儒教の礼を無視した行動をとり,また同志の者が集まって清談の会合を楽しむ風が流行した。この時代では儒教の《易経》と《老子》《荘子》を合わせて三玄とよび,その学問を玄学とよんだが,知識人の教養としては儒学よりは玄学の比重が圧倒的に大きくなった。 またこれとともに注目すべきことは,この時代になって初めて仏教が知識人の関心をひくようになったことである。…
…魏の王弼(おうひつ)の《老子注》,西晋の郭象の《荘子注》は,注釈の形を借りながら独自の哲学を展開したもので,六朝のみならず後世を通じて愛読された。また《易経》は儒教の経典の中では最も哲学的要素に富むところから,易・老・荘を合わせて〈三玄〉とよび,その研究を〈玄学〉と名づけ,六朝を通じて盛んに行われた。この老荘の流行から少しおくれて仏教が始めて知識人の関心をひき始めた。…
※「玄学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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