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清談 せいだんQing-tan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

清談
せいだん
Qing-tan

中国,後漢から六朝の間に流行した談論の一形式。清議 (民間の人物評論) と清言 (2人が相対して行う高雅な議論) との2義を含む。後漢末,宦官の専横により乱れた政治を批判する在野賢人グループの清議が盛んであったが,それは清談とも呼ばれていた。のちには三玄 (『老子』『荘子』『周易』) と人物評論を中心に抽象的問題の談論に才知を競う清言が流行した。なかでも,魏の何晏 (かあん) や王弼 (おうひつ) らが有名。この2人の論を「正始之音」という。その後,六朝末から唐にかけて,清議も清言も清談と呼ばれるようになった。それ以後の用法では,世俗にかからない風流な議論一般をさす言葉になっている。清談の象徴として竹林の七賢は有名であり,現実の政治に抵抗の姿勢をとったグループといわれているが,実際は政争から逃れて身を守ろうとした人々であり,グループとしての存在は後世の作り話である。

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デジタル大辞泉の解説

せい‐だん【清談】

中国の魏晋時代に知識人の間に流行した老荘風の高踏的な哲学議論をいう。晋代の「竹林の七賢」の清談は特に有名。
世俗を離れた、趣味・芸術・学問などの高尚な話。

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百科事典マイペディアの解説

清談【せいだん】

中国の後漢末から魏晋時代に流行した談論。〈清言〉とも。時事評論や人物評論(月旦)から発展し,《荘子》解釈,言語論,養生論などが主題とされた。西晋の王衍や楽広を先駆とし,竹林の七賢は清談をこととした。
→関連項目名家六朝文化老荘思想

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世界大百科事典 第2版の解説

せいだん【清談 Qīng tán】

中国六朝時代に流行した談論。後漢時代には時事評論や人物批評(月旦)が〈清談〉とよばれたが,しだいに貴族のあいだで行われる談論がこの名でよばれるようになった。麈尾(しゆび)とよぶ払子(ほつす)を手にとって講座にのぼった清談家は,論理の整合性と言語表現の才知をきそいあい,現実から遊離した虚談であるとの一部の批判にもかかわらず,西晋の王衍(おうえん)や楽広(がくこう)たちを先駆者としておおいに流行した。清談でとりあげられたテーマは,《荘子》の逍遥遊(しようようゆう)の解釈,音声と人間の感情の関係にかんする〈声無哀楽論〉,言語は思考を十全につたえうるかどうかにかんする〈言尽意不尽意論〉,人間の才能と本性の関係にかんする〈才性四本論〉,服食養生にかんする〈養生論〉など,いわゆる玄学にかかわる問題を主とし,のちには仏典や儒家の経書にかんする問題もとりあげられた。

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大辞林 第三版の解説

せいだん【清談】

( 名 ) スル
中国、魏晋代に貴族社会に流行した老・荘・易を中心とする虚無的・超世俗的論議をいう。後漢末以来の政情不安と関連する。「竹林の七賢」が有名。
俗世間を離れた風流・高尚な話。また、それを談ずること。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

清談
せいだん

中国の後漢(ごかん)末から魏晋(ぎしん)南北朝時代に盛行した超俗的清雅な談論のことで、清言玄談などともいう。その起源は、後漢末に儒学の徒が宦官(かんがん)の跋扈(ばっこ)に対して行った人物批評を伴った政治批判の発言の清議とよばれるものや、同じころに汝南(じょなん)(河南省)地方で郭泰(かくたい)や許劭(きょしょう)らが朔日(ついたち)に行った人物品評(月旦(げったん)評)などにある、といわれる。これらの議論はやがて、為政者による抑圧や老荘思想の流行に伴って、『老子』『荘子』『易』や仏教を中心とする議論に変化していった。魏の正始(せいし)年間(240~248)の王弼(おうひつ)と何晏(かあん)が、聖人における喜怒哀楽の感情の有無についての清談を交わしたことは、「正始の音」として有名である。その後知識人は、社会不安から現実逃避の傾向を強め、儒仏道の高遠な知識に基づく機知によって遊戯的な雰囲気のなかでお互いの交遊を深めつつ、為政者や世俗の形式的な礼教に反抗する清談を行った。西晋時代には、門閥出身の高官王衍(おうえん)が清談を好み、清談は貴族にも好まれて、清談によって出世を計ろうとする傾向まで生まれた。東晋以後は、仏教哲学も取り入れてますます盛んになり、主客(報告者と反駁(はんばく)者)に別れて行う公開討論の形態へと進んだ。魏晋の清談のようすは劉義慶(りゅうぎけい)の『世説新語』にみえる。その後、清談は、だんだんと討議談論の風を失い、形式化して、隋(ずい)には衰えた。しかし、清談による哲学的思惟(しい)や論証は、儒仏道三教思想の深化や形式美を重視する六朝(りくちょう)文学の展開などの面で、寄与するところがあったとされる。[宮澤正順]
『『清談』(『青木正兒全集 第一巻』所収・1970・春秋社) ▽村上嘉実著『清談』(『六朝思想史研究』所収・1974・平楽寺書店)』

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