日本歴史地名大系 「都々古別神社」の解説
都々古別神社
つつこわけじんじや
明徳三年(一三九二)五月三日の良源二所熊野檀那職譲状(八槻文書。以下同文書は省略)によれば、二所(伊豆・箱根権現)と紀州熊野参詣の檀那職を駒石侍従阿闍梨良源から治部殿が譲り受けているが、治部殿は当社別当
都々古別神社
つつこわけじんじや
棚倉城跡の北西、字
中世には神仏混淆して山岳信仰を取入れて修験化、別当(不動院)高松家が当社を統括した。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報