中国の作家,古典文学研究者,蔵書家。字は西諦。浙江省永嘉県に生まれる。上海商務印書館編訳所で茅盾と知り,1921年ともに文学研究会の発起人となる。以後《文学周報》《小説月報》等文学研究会系の雑誌の編集を務め,散文,小説,翻訳等に健筆を振るった。また何種かの膨大な文学史を編写したが,資料羅列のきみがあり史観に乏しい。しかし資料収集には定評があり,集めた古典籍はのちに《西諦書目》(1963)として整理された。とくに小説戯曲など俗文学での収穫がすぐれる。抗日戦以後は民主人士として活躍。中華人民共和国成立後は政治協商会議委員,文化部副部長の職にあったが,58年飛行機事故で死亡。著作は多くの単行本のほか《鄭振鐸文集》(1959)がある。
執筆者:中島 長文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
中国の文学者。筆名は西諦など。12月19日、浙江(せっこう)省永嘉生まれ。1917年北京(ペキン)鉄路管理学校入学。在学中『新社会』等を創刊、社会主義に傾倒した。21年文学研究会結成に際し中心的役割を果たし、同会機関紙『文学』旬刊(のち『文学週報』)の主編を担当。23年より31年まで茅盾(ぼうじゅん)の後を継いで『小説月報』の主編を務めた。その後、燕京(えんきょう)大学ほかで教鞭(きょうべん)をとるかたわら、34年『文学』などを編集、数多くの作家を世に出した功績は大きい。抗日戦争中は許広平らと復社を組織。解放後は、文化部副部長、作家協会理事などの要職にあったが、58年10月17日飛行機事故で死亡。主著は、ギリシア神話に題材を得た短編小説集『取火者の逮捕』(1934)ほか、『文学大綱』(1929)、『中国文学論集』(1934)など多数。『鄭振鐸文集』(1959)が出版されている。
[白水紀子]
『安藤彦太郎・斎藤秋男訳『書物を焼くの記――日本占領下の上海知識人』(岩波新書)』
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