一般に野外,屋外で行われる演劇をさす。洋の東西を問わず,古く演劇はむしろ野外で行われることが常態であり,例えば古代ギリシア・ローマの場合も演劇は野外で行われていた。中世期にも,イギリスのページェント,あるいは日本の勧進田楽・勧進猿楽などのように,各種の屋外劇が見られ,またルネサンス期でも,たとえばイギリス・エリザベス朝時代のシェークスピア劇上演のように,観客席の一部が屋根なしの,〈半野外〉の方式をとっている例が見られる。今日のように演劇が屋内で上演されることが常態となったのは,ほぼ17,18世紀の額縁舞台(=イタリア式舞台)の完成(日本では1723年の全蓋(ぜんがい)式の歌舞伎劇場の出現)以降のことである。しかし,今日でもこの野外劇の伝統は,(多くは夏の観光的催しとしてではあるが)世界各地に残存していて,例えば,アテネや南フランスのオランジュ,ドイツの有名な10年に一度のオーバーアマガウの受難劇などにみられる。
現代ではまた,1947年,南フランスのアビニョンで旧教皇庁の中庭を舞台に,J.ビラールが始めた夏の野外劇フェスティバル,そしてそれを嚆矢(こうし)としてさかんになった種々の野外劇上演が注目に値する。これは上記の保存的上演とははっきりと意味を異にするものであり,そこには,今日の演劇に失われた〈祝祭〉的エネルギーを過去の演劇形態からくみなおして,現代演劇活性化の糧にしようという積極的な意図が読みとれる。50年代~60年代に,星空と微風のもと白光に照らされて繰り広げられたアビニョン演劇祭の野外劇は,たしかに秀逸した舞台成果をあげていた。また,パリ西郊バンセンヌの森の旧弾薬莢製造所跡の大空間に陣どり活動を続けるアリアーヌ・ムヌーシュキンと〈太陽劇団〉の祝祭的舞台は,野外劇方式の屋内への適用として注目される。
→演劇[劇場の空間と場] →劇場
執筆者:渡辺 淳
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屋外で行われる演劇の総称。屋外劇、戸外劇ともいい、屋内劇に対する。ページェントも広義の野外劇に含まれる。原始演劇や各地の民族芸能などにみられるように、演劇は発生的には野外劇としての性格が強く、屋内劇に比べてはるかに長い歴史をもっている。古代ギリシア・ローマの劇場は郊外の丘の斜面や台地を利用してつくられ、中世の宗教劇や世俗劇のほとんども広場や街頭で演じられた。劇場が今日のような全蓋(がい)式の屋内劇場になったのは16世紀に入ってからで、イタリアの貴族の邸宅内の庭園などに付設され、遠近画法を応用した舞台背景の進歩により、広い空間を暗示できるようになった。エリザベス朝時代の劇場も半野外劇場だったといえる。東洋においても、古代インドや中国の演劇は祭祀(さいし)の一部として、主として祖廟(そびょう)や宮殿前の広場で演じられた。わが国では、古くは伎楽(ぎがく)、舞楽(ぶがく)、散楽(さんがく)などはもとより、創始期の能楽や歌舞伎(かぶき)も野外劇に近く、竹矢来(やらい)、蓆(むしろ)張りの仮設小屋で演じられた。芝居ということばは本来、芝の居る所、すなわち観客席を意味したといわれる。近世以降、演劇興行の商業化に伴って屋内劇場が主流となったが、20世紀初頭、野外劇のもつ公共的性格が見直され、各国で野外劇運動が勃興(ぼっこう)した。わが国でも大正時代に入って盛んになり、とくに坪内逍遙(しょうよう)は理論・実践の両面からこれを推進したが、断続的な試みに終わった。
[大島 勉]
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