量子固体(読み)りょうしこたい(その他表記)quantum solid

改訂新版 世界大百科事典 「量子固体」の意味・わかりやすい解説

量子固体 (りょうしこたい)
quantum solid

固体の構造をミクロにみると,多数の原子が規則正しく並んでいる。しかし,原子は静止しているわけではなく,所定の位置を中心として前後左右上下振動している。固体を冷やすと原子の振動の振幅は減少するが,量子力学によると,最低の温度である絶対0度(0K)まで冷やしても振動が残る。これを零点振動と呼ぶ。零点振動の存在は量子力学に特徴的なことであり,このため,他の多くの固体に比べて零点振動が異常に大きい固体ヘリウムをとくに量子固体と呼ぶ。実際,原子の振動にニュートン力学を適用すると,原子は0Kで静止しており,温度の上昇とともに振動をはじめ,ある程度の温度になってはじめて固体が溶けて液体になるという結論が得られる。この結論は,多くの固体の場合,私たちの経験と少なくとも定性的に一致する。原子の零点振動の振幅が小さく,隣り合った原子の間の平均距離と比較してせいぜい数%にすぎないためである。他方,固体ヘリウムの場合には,零点振動の振幅は原子間距離の数十%にも達しているので,0Kでも固体は溶けて液体ヘリウムになってしまうのである。

 固体状態を維持させるためには,外から圧力を加えてヘリウムを押しちぢめておく必要がある。ヘリウムには質量数3の同位体と質量数4の同位体とがあるが,前者の固体は30atm以上の外圧下,後者の固体は25atm以上の外圧下でのみ存在する。零点振動が激しいために,固体ヘリウム中では隣り合った原子がときおり互いに位置を交換することがあり,さらに,3個あるいは4個の原子がフォークダンスの輪のように順に位置を移していくことさえ可能である。たとえば質量数4のヘリウム原子でできた固体ヘリウムの中に,質量数3のヘリウム原子が不純物としてまぎれ込んでいるとき,この不純物原子は固体内を動きまわり,その動きやすさは固体をいくら冷やしても変わらない。これは不純物原子が激しい零点振動によって動きまわるためである。通常の固体でも高温では不純物原子が固体内を動きまわるが,温度が下がると急激に動きにくくなり,0Kでは特定の位置に局在し,そこで零点振動するだけである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「量子固体」の意味・わかりやすい解説

量子固体
りょうしこたい
quantum solid

原子間結合力に比べて,量子力学的零点エネルギーの効果が無視できない固体。固体ヘリウムはその一例である。ヘリウム4,ヘリウム3は飽和蒸気圧下では絶対零度まで液体の状態にある量子液体であるが,極低温でヘリウム4は 25気圧,ヘリウム3は 30気圧以上に加圧すると固化する。固体ヘリウムは,原子量が小さいため零点エネルギーが大きく,一方希ガスであって分極率が小さいため,原子間結合を与えるファン・デル・ワールス力が小さいので,量子効果が大きく,特異な性質を示す。たとえば,極低温でも原子が格子点に局在せず互いに位置を交換している状態にある。その結果,大きな交換相互作用で固体ヘリウム3の核スピン系は約 1mKの温度で核整列する。また,中性子星の中心部では,高密度の核物質が核力によって固化した量子固体になっているという現象論的モデルが提唱されている。

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