日本大百科全書(ニッポニカ) 「液体ヘリウム」の意味・わかりやすい解説
液体ヘリウム
えきたいへりうむ
liquid helium
液体状態のヘリウムのこと。ヘリウムは希ガス元素の一種で、常温では気体である。ほかの物質に比べてとくに液化しにくく、絶対温度5.2K以下の低温にしなければ液化しない。ヘリウムの液化に初めて成功したのは、オランダの物理学者カマーリン・オネスであった(1908)。現在では、液体ヘリウムは数K以下の極低温を得るための寒剤として広く用いられている。
液体ヘリウムは普通の液体ではみられない種々の特異な性質を示す。普通の液体は低温にすれば固体になるが、ヘリウムは低圧では絶対零度まで液体のままである。固体にするには、絶対零度では25気圧以上の圧力をかけなければならない。また、液体ヘリウムを冷却すると2.2Kで突然その性質が変わり、それ以下の極低温でまったく粘性のない特別な状態になる。粘性がないので、普通の液体は通ることのできない細い管の中も、抵抗を受けずに流れる。この現象を液体ヘリウムの超流動という。
希ガス元素の原子は化学結合をせず、気体や液体の状態では個々の原子がそのまま動き回っている。物質が低温で液体になるのは、物質分子の間に引力が働くためであるが、ヘリウム原子間に働く引力はほかの物質の場合に比べて非常に弱い。ヘリウムが液化しにくいのはそのためである。また、ヘリウムの原子は水素に次いで軽い。量子力学の不確定性原理によると、ミクロな粒子では位置と運動量が同時に確定した値をとることができない。その効果は軽い粒子ほど著しい。固体は原子が規則正しい配置にほぼ静止した状態である。ヘリウムの原子は軽いために不確定性原理の効果が強く働き、定まった位置に静止することができない。このためヘリウムは絶対零度まで固体にならないのである。
天然に存在するヘリウムの大半を占める同位体(アイソトープ)は4Heで、その原子は偶数個のフェルミ粒子(陽子2個、中性子2個、電子2個)からなり、ボース粒子としてふるまう。粒子間に力の働かないボース粒子の集団では、低温でボース‐アインシュタイン凝縮がおこり、絶対零度に近づくとともに、全粒子がもっともエネルギーの低い一つの量子力学的な状態に集まる。液体ヘリウムでは4He原子の間に力が働くが、このような場合にも低温ではマクロな数の粒子が一つの状態に集まり、一種のボース‐アインシュタイン凝縮がおこる。超流動はその結果として生じる、マクロな量子力学的現象である。
ほかの同位体としては、3Heがある。3Heの原子は奇数個のフェルミ粒子(陽子2個、中性子1個、電子2個)からなり、フェルミ粒子としてふるまう。したがって、3Heだけの液体ヘリウムをつくると、1K程度の低温にしても普通の液体ヘリウムのようには超流動を示さない。しかし、比熱などの性質には原子がフェルミ粒子であることによる量子効果が現れる。このように、4Heや3Heの液体は量子効果によって普通の液体と著しく異なる性質を示すので、量子液体とよばれる。
1972年、3Heの液体もさらに冷却すると、0.003K以下の超低温で超流動になることが発見された。これは、金属の電子が超伝導状態になる場合と同じように、3Heの原子が2個ずつ対になってボース‐アインシュタイン凝縮をおこしたことによる現象と考えられる。
[長岡洋介]
『メンデルスゾーン著、大島恵一訳『絶対零度への挑戦』(1971・講談社)』▽『中嶋貞雄著『量子の世界――極低温の物理』(1975・東京大学出版会)』