物質を十分低い温度まで冷やすと固体になるのがふつうであるが,なかには絶対0度(0K)まで冷やしても液体のままでいる物質がある。この種の不凍液を量子液体と呼ぶ。0Kまで固体にならない理由を物質中の原子または分子の運動によって説明しようとすると,どうしても量子力学の助けが必要となるからである。代表的な実例としては液体ヘリウムがある。ヘリウム(質量数4の同位体)は,1atmのもと,4Kで気体から液体になるが,液化したヘリウムをさらにいくら冷やしても固体にはならない。一般に物質(気体,液体,または固体)は多数のミクロな粒子(原子や分子)の集団であり,物質がわたしたちの目に静止して見えるときでも,これらの粒子はたえず運動をつづけている。固体の特徴は粒子が規則正しく整列していることであるが,この場合でも粒子はそれぞれ所定の位置を中心に振動している。振動が激しくなって粒子が所定の位置から遠く離れるようになったとき,固体は溶けて液体となる。
ところで,ミクロな粒子の運動がロケットや惑星の運動と同じくニュートン力学で扱えるものとすると,0Kの物質中では粒子は規則正しく整列して静止しており,温度の上昇とともに振動を始めるという結論が得られる。つまり,すべての物質が低温で固体であることになって,液体ヘリウムのような不凍液が実在することと矛盾する。ミクロな粒子の運動を扱う場合には,量子力学が必要なのである。量子力学によると,0Kの物質中でも粒子が静止していることは不可能であり,零点振動と呼ばれる運動が存在する(粒子が静止していれば,位置が確定していると同時に運動量も確定値0をもち,量子力学の基本原理である不確定性原理と矛盾する)。したがって0Kの固体中にも零点振動が存在することになるが,量子力学によると,その振幅は粒子の質量が軽く,まわりの粒子から受ける引力が弱いほど激しい。ヘリウム原子は水素原子に次いで軽い原子であり,また原子間に働く引力も非常に弱い。このため,かりにヘリウム原子が固体を形成したとしても原子の零点振動は非常に激しく,0Kでも固体ヘリウムは溶けてしまうのである。実はヘリウムも25atm以上の外圧を加えると固体になるが,零点振動が激しいので量子固体と呼ばれる。一方,水素の場合には,2個の水素原子の結合した水素分子が物体の構成単位である。水素分子の質量はヘリウム原子より軽いが,分子間の引力はヘリウム原子間の引力より強い。このため,水素は20Kで気体から液体になり,さらに14Kで固体になってしまうのである。
最近,低温の容器に水素原子を入れて強い磁場を加えると分子形成が妨げられることを利用して,水素原子でできた気体を人工的に作ることが試みられている。この気体は0Kまで気体のままであることが理論的に予想されている。つまり,量子気体である。実はもっと身近な例があって,金属中で電流の運び手となる電子は室温ですでに量子気体の性質をもっている。量子液体と量子気体をあわせて,量子流体quantum fluidと呼ぶこともある。なお,ヘリウムには質量数3の同位体があり,その液体も量子液体である。
液体ヘリウムを低温に冷やすと,圧力差0でも毛細管を摩擦なしに流れるという超流動現象を示す。金属内の電子の場合には,電位差0で電流が流れる超伝導現象を低温で示す。これらは,いずれも零点振動がマクロなスケールで現れたものである。さらに例を遠い天体に求めると,パルサーと呼ばれる星の内部は中性子でできた量子流体であり,しかも超流動状態にあるものと推定されている。
執筆者:中嶋 貞雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…やがてJ.G.カークウッドらにより,分布関数を中心とした本格的な理論が展開され,60年ごろには積分方程式を解いて具体的にミクロの構造を精度よく求めることもできるようになった。一方,同じころから計算機実験が行われるようになって,純粋な古典液体(量子力学的効果が本質的に重要となる液体ヘリウムを量子液体というのに対して,通常の液体を古典液体という)の研究は急速な発展を見るに至った。実験の側では,X線や中性子線を用いる回折実験の技術が開発されて,液体構造を直接探るもっとも普遍的手段となり,環状の回折像の解析から,液体の一つの分子を取り囲む分子群の分布密度の時間平均を求めることができるようになった。…
※「量子液体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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