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金田城 かねだじょう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金田城
かねだじょう

天智6 (667) 年 11月,大和朝廷が対馬に築いた城。「かなたのき」とも読み,また対馬城ともいう。城址は長崎県対馬市美津島町城山,同市厳原町小茂田に比定する両説がある。唐,新羅の入寇に備え,最前線の基地として築いたもの。

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百科事典マイペディアの解説

金田城【かなだじょう】

対馬(つしま)の中央部にある浅茅(あそう)湾に臨んで造築された7世紀の朝鮮式山城(さんじょう)。跡地は長崎県対馬市美津島町黒瀬城山(じょうやま)にあり,国指定特別史跡
→関連項目高安城

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世界大百科事典 第2版の解説

かなだじょう【金田城】

現長崎県対馬,下県郡美津島町黒瀬の城山に築かれた古代の朝鮮式山城。白村江敗戦後の防衛態勢整備の一環として,667年(天智6)に倭(やまと)国の高安城,讃吉(さぬき)国の屋島城とともに築かれた。浅茅(あそう)湾の南岸にあって湾内に突き出た半島の先端部に位置し,湾口の大口瀬戸方面を一望できる。建物跡などは未確認であるが,275mの山頂から尾根伝いに築かれた石塁が東側の緩斜面を取り込み,その総延長は約3kmにも及ぶ。

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