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金鍔 きんつば

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

金鍔
きんつば

焼き菓子の一種。金鍔焼ともいう。 17世紀後半に京都でつくられた。小麦粉の皮であんを包み油を敷いた金属板の上で焼いた銀鍔が初めといわれ,江戸時代後期に江戸へ伝わってから金鍔といわれるようになった。

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デジタル大辞泉の解説

きん‐つば【金×鍔/金×鐔】

金または金色の金属で作った、刀の鍔。近世、伊達(だて)な風俗とされた。
金鍔焼き」の略。
ぜいたくで華美な人。
「―は余程かうじた山師なり」〈柳多留・五〉
主君の寵愛(ちょうあい)を一身に集めている人。
「―と人によばるる身のやすさ/芭蕉」〈猿蓑

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百科事典マイペディアの解説

金鍔【きんつば】

和菓子の一種。つぶし餡(あん)を厚く四角形に切り,溶いた小麦粉を薄く周囲につけて鉄板で表面を焼く。初めは銀鍔といい江戸中期に創製され,楕円形で刀の鍔に似ていた。

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和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典の解説

きんつば【金鍔】

和菓子の一種。あんを平たく四角形にまとめ、水で溶いた小麦粉の衣をつけて鉄板などで上下両面と側面を焼いたもの。あずきの粒あんが一般的だが、あずきのこしあん、白あん、うぐいすあん、さつまいもやかぼちゃなどのあんを用いたものもある。また、あんは寒天でようかんのように固めて用いることが多い。◇「きんつば焼き」の略。天和(1681~1684)・貞享(1684~1688)の頃、うるち米の粉を用いた皮であずきあんを包んで焼いた、刀の鍔(つば)のような平たく丸い菓子が京都で売られ、「ぎんつば」と呼ばれたが、これが享保年間(1716~1736)に江戸に伝わり、皮は小麦粉の薄いものになって、「きんつば」と呼ばれるようになったと伝わる。その後文化年間(1804~1818)に四角形のものが現れ、現在は四角形のものが一般的になったが、当初のような丸いものもある。

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世界大百科事典 第2版の解説

きんつば【金鍔】

和菓子の一種。やわらかくこねた小麦粉の薄い皮でアズキのつぶしあんを包むか,ようかん状に固めて方形に切ったつぶしあんに水溶きした小麦粉の衣をつけ,油をひいた平なべで焼いたもの。江戸前期,京都の清水坂に銀鍔(ぎんつば)と呼ばれる菓子があり,《雍州府志》(1684)によると,米粉をこねてアズキあんを包み,平なべで焼いたものであった。形が刀の鍔に似ていたためこの名があったといい,金鍔はその後身とされる。江戸では寛延・宝暦(1748‐64)ころまでは麴町に1軒だけ金鍔を売る店があり,享和(1801‐04)になって浅草の馬道で〈みめより〉と名づけた新製品を売り出した。

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大辞林 第三版の解説

きんつば【金鍔】

金あるいは金色の金属で作った、刀の鍔。また、金で飾った鍔。
「金鍔焼き」の略。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

金鍔
きんつば

焼き菓子の一種。金鍔焼きの略であるが、前身は京都の銀鍔だった。1686年(貞享3)刊行の『雍州府志(ようしゅうふし)』には焼餅(もち)とあり、粳米(うるちまい)粉を平たく円く延ばし、小豆餡(あずきあん)を包んで焼いたもので、刀の鍔に似る形状から銀鍔といわれた。京の清水(きよみず)坂あたりで、天和(てんな)年間(1681~84)ごろ売り出されたのが始まり。皮が薄く餡の多い量感が庶民に受けたが、「焼餅とは名ばかり、ほとんど小豆餡ばかりではないか」と看板の偽りを憤慨する人もいた。
 銀鍔の仕法が江戸に流れたのは享保(きょうほう)(1716~36)以降であるが、江戸では銀鍔が金鍔と名を変えた。小麦粉を固くこねて小さな粒に丸め、薄く広げてつぶし餡をくるみ、鉄板にのせて軽く表面を焼くだけの菓子で、屋台売りが多かった。文化・文政(ぶんかぶんせい)年間(1804~30)は金鍔の全盛時代で、吉原の遊女たちの間に、「年季増しても食べたいものは土手の金鍔さつまいも」とうたわれた。浅草馬道におかめの面を看板にした金鍔屋が現れ、「みめより」と名づけた金鍔で評判をとった。人はみめより心、菓子も中身で勝負の心意気としたのである。このほか日本橋旧魚河岸(うおがし)の栄太楼(えいたろう)や、明治期になると南伝馬町月堂(ふうげつどう)の金鍔が大いに受け、昭和初期には横浜市伊勢佐木(いせざき)町にある亀楽(きらく)が大金鍔で名をあげた。また東京では、上野広小路の「へのへのもへじ」を焼き込んだ金鍔が評判であった。深川不動では毎月28日に現在でも屋台金鍔が出る。また地方名物では、伊豆天城(あまぎ)山中の浄蓮(じょうれん)ノ滝で、茶屋新月堂が風味のよい田舎(いなか)金鍔を手がけている。これは焼き菓子でなく蒸し金鍔である。[沢 史生]

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