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錦文流 にしきぶんりゅう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

錦文流
にしきぶんりゅう

江戸時代中期の浄瑠璃作者,浮世草子作者。大坂の人。初め前句付の点者をするかたわら,元禄 12 (1699) 年竹本座のために『本海道虎石 (とらがいし) 』を書いたのを手始めに浄瑠璃作者として立ち,享保4 (1719) 年まで趣向や作意にすぐれた浄瑠璃を書いたが,あまり人気は出なかった。宝永以後,当時の浮世草子の傾向に作風が合って浮世草子作者となり,主として巷説を題材とする浄瑠璃的発想の作品を残した。浮世草子『棠 (からなし) 大門屋敷』 (05) ,『当世乙女織』 (06) ,『徒然時世粧 (つれづれいまようすがた) 』 (21) など。

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デジタル大辞泉の解説

にしき‐ぶんりゅう〔‐ブンリウ〕【錦文流】

江戸中期の浮世草子・浄瑠璃作者、俳人。元禄から享保(1688~1736)にかけて大坂で活躍。浄瑠璃「本海道虎石」、浮世草子「当世乙女織」など。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

錦文流【にしきぶんりゅう】

江戸中期の浮世草子浄瑠璃作者。生没年不詳。1720年以後没。姓は山村また島。号は錦頂子。浄瑠璃は《本海道虎石(とらがいし)》などを竹本座などに提供。浮世草子は《棠(からなし)大門屋敷》《熊谷女編笠》など,実際の事件を扱う長編に特色がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

錦文流 にしき-ぶんりゅう

?-? 江戸時代前期-中期の浄瑠璃(じょうるり)・浮世草子作者。
大坂の人。元禄(げんろく)4年(1691)の「元禄難波前句附集」に井原西鶴(さいかく)らとともにその名がみえる。出羽座,竹本座,豊竹座で浄瑠璃の制作にあたる。雑俳(ざつぱい)点者としても知られた。姓は山村。別号に錦頂子。作品に浄瑠璃「西行法師墨染桜」「男色加茂侍」,浮世草子「当世乙女織」など。
【格言など】傾城(けいせい)色遊びに,八徳一損あること(「傾城八花形」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

錦文流

生年:生没年不詳
江戸時代の浄瑠璃・浮世草子作者,雑俳前句付点者。姓は山村氏。元禄4(1691)年の『元禄難波前句附集』に,西鶴など大坂の談林系俳諧師と共にその名がみえるため,このころまで大坂在住と思われる。また同じころ,浄瑠璃「本海道虎石」を作り,それが上演されていたらしい。その後,元禄5~9年の間は京都に移り,醍醐寺の僧として過ごした。大坂に戻ってからは,雑俳前句付点者として活躍。また,出羽座や竹本座で浄瑠璃の制作に当たった。宝永年間(1704~11)には,大坂の豪商淀屋辰五郎闕所事件に取材した『棠大門屋敷』など,もっぱら浮世草子を執筆。その後は再び浄瑠璃作者,雑俳前句付点者として活動し,享保6(1721)年刊の浮世草子『徒然時勢粧』を最後にその名がみえないため,そのころ没したと思われる。

(樫澤葉子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にしきぶんりゅう【錦文流】

江戸中期の浄瑠璃・浮世草子作者。生没年不詳。1720年(享保5)以後没。姓は山村また島。号は錦頂子。大坂近辺の出身。《本海道虎石(とらがいし)》(1694),《傾城八花形(けいせいやつはながた)》(1703)などの浄瑠璃を竹本座,出羽座,豊竹座に提供。時事・流行をとり入れた娯楽性の強い作風が特徴である。浮世草子には,大坂の淀屋闕所(よどやけつしよ)事件を扱う《棠(からなし)大門屋敷》(1705),京都の女敵討(めがたきうち)を取りあげた《熊谷女編笠》(1706)など実際の事件を扱う長編が代表作で,1700年ころよりの浮世草子に演劇色を導入して長編化する風潮に,浄瑠璃作者の資質を生かした作者で,好色物,武家物の作もある。

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大辞林 第三版の解説

にしきぶんりゅう【錦文流】

江戸前期の浮世草子・浄瑠璃作者・俳人。姓は山村氏。浄瑠璃作者として豊竹座に属し、また、時事に取材した浮世草子を著す。雑俳点者でもあった。著、浮世草子「棠からなし大門屋敷」「当世乙女織」、浄瑠璃「傾城八花形」など。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

錦文流
にしきぶんりゅう

生没年不詳。江戸中期の浄瑠璃(じょうるり)、浮世草子作者、雑俳点者。1720年(享保5)まで生存が確認される。山村氏また島氏とも。号錦頂子(きんちょうし)。大坂また一時期京都に住み、浄瑠璃作者としては竹本座、出羽座、豊竹(とよたけ)座のために、『本海道虎石(ほんかいどうとらがいし)』(1694以前)、『傾城八花形(けいせいやつはながた)』(1703)などの作があり、時流に敏感で娯楽性の強い作風である。浮世草子には『棠大門屋敷(からなしだいもんやしき)』(1705)、『当世乙女織(おとめおり)』(1706)、『熊谷女編笠(くまがいおんなあみがさ)』(1706)などがあり、実際事件を扱った長編作に特色をもち、1700年(元禄13)ごろよりの、浮世草子に演劇色を導入し、長編化する風潮にのって活躍した作者の1人。雑俳点者でもあった。[長谷川強]
『長谷川強著『浮世草子の研究』(1969・桜楓社)』

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