狂言の曲名。脇狂言の市物。大蔵,和泉両流にある。新しく市を開設するに際し,目代(もくだい)は〈早々に到着して第一番目の店についた者は,市の代表者と認め免税にする〉という意味の触れ書を高札に書いて出す。それを読んでまず羯鼓(かつこ)売りが現れ,夜明けまでひと寝入りしようと横になる。次に浅鍋売りが現れ,先をこされたとくやしがるが,先着をよそおって,羯鼓売りのそばに寝る。やがて目が覚めた羯鼓売りと鍋売りの先着の言い争いになる。目代が仲裁に入るが,めいめい自分の商売物について古詩や古歌まで引いて由緒自慢をし,譲らない。目代が勝負をつけよと命ずると,わざを競うことになり,羯鼓売りが水車返りを打つと,浅鍋売りがまねて,はずみで鍋を割ってしまう。そこで〈数が多うなってめでたい〉と言ってとめる。登場は羯鼓売り,目代,鍋売りの3人で鍋売りがシテ。類曲に《牛馬(ぎゆうば)》《連尺(れんじやく)》《酢薑(すはじかみ)》《膏薬煉(こうやくねり)》などがある。本曲では,羯鼓売りの軽妙さと浅鍋売りの鈍重さとが対照的なおもしろさを見せ,笛の独奏に合わせての棒振り,羯鼓の舞などで脇狂言らしい祝言性とさわやかさが強調される。壬生(みぶ)狂言の《炮烙割(ほうらくわり)》は本曲を採り入れたもの。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。脇(わき)狂言。市(いち)が新設され、一番乗りした商人には将来にわたって商売上の特典が与えられるというので、まず羯鼓(かっこ)売りがやってくるが、まだだれもいないので、ひと寝入りして夜明けを待つことにする。続いて鍋売り(シテ)が登場、先着者に気づくが一番乗りを装って同じくそばに寝る。目覚めた両人が先着争いをしているところに目代が仲裁に入るが、互いに自分の商売物こそが市の筆頭にふさわしいと故事来歴を引いて譲らない。そこでいろいろ勝負をさせ、勝ったほうの言い分を認めることにするが、勝負がつかず相舞(あいまい)になる。羯鼓売りの俊敏な舞を鍋売りがまねるが、うまくいかず鍋を割ってしまい、「数が多くなってめでたい」といって終曲。あくまできっぱりと敏捷(びんしょう)な羯鼓売りと、いかにも世知にたけているが鈍重な鍋売り、すべてに対照の妙が発揮されている曲。
[油谷光雄]
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