北畠親房が日本歴代の官制の沿革,変遷,職務内容などを記し,さらに注釈を加えた書。上下2巻。建武政権崩壊ののち,足利軍優位のなか,東国に南朝の基盤を築くため常陸各地を転戦していた親房が,後醍醐天皇の死,後村上天皇の即位という局面の転換期に,常陸小田城で1340年(興国1・暦応3)執筆した。これは《神皇正統記》成立の翌年のことであり,両書の関係は密接である。したがって官制の注釈書という形をとりつつ,この書の著作意図はそれにとどまらない。《職原鈔》を親房の門閥意識の表れとする説もあるが,それはこの書の一面を語るものである。彼は多くの中国・日本の古典を参照しつつ,とくに中国の官制を記した《周礼》の影響を受ける。すなわち,天皇を頂点とする官僚機構を基盤とした中央集権国家の樹立を理想とし,こうした体制下に社会秩序の維持をはかる必要性を示唆している。またこの書の冒頭は,《神皇正統記》の巻頭と呼応して,彼の神国思想を語っている。
さらに近年,この書の著作対象が問題となっている。奥書には〈初心に示〉すため記したとあり,《神皇正統記》の〈童蒙に示〉すため著したとする奥書と類似する。〈童蒙〉の解釈をめぐって,通説である後村上天皇説に対し,東国武士説(ことに結城親朝説)が提唱されている。《職原鈔》は,官職研究の基本文献として後世広く流布し,研究の隆盛を反映して現存の諸写本には後人の注記が多く,また本文にも加筆・改変が行われた写本・刊本がある。原本にもっとも近いと思われるのは梅沢記念館所蔵本であり,慶長勅板や清原秀賢校訂本(江戸時代の刊本の祖本)には後筆による改変がある。群書類従本では〈准大臣〉の項が明らかな後筆である。江戸時代の多数の注釈書のうちでは,壺井義知の《職原鈔通考》がもっともすぐれている。《群書類従》所収。
執筆者:加地 宏江
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常陸国(ひたちのくに)小田(おだ)城(茨城県つくば市小田)籠城(ろうじょう)中の北畠親房(きたばたけちかふさ)が、『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』とともに著した官職研究書。2巻。職原鈔(しょう)とも表記する。令制(りょうせい)および令外官(りょうげのかん)について、その職制・起源沿革・補任(ぶにん)・昇進の次第などを詳説。1340年(興国1・暦応3)成立。著作の動機は、後村上(ごむらかみ)天皇の施政の参考に供するためとされるが、東国の豪族たちが親房の説得に対して官職の推挙を求めた事情も、考慮する必要があろう。『群書類従』(官職部)所収。
[熱田 公]
『塙保己一編『羣書類従 第4、5輯』2冊・3版訂正版(1960・続群書類従完成会)』▽『黒板伸夫著『摂関時代史論集』(1980・吉川弘文館)』▽『白山芳太郎著『職原鈔の基礎的研究』(1990・神道史学会)』▽『加地宏江著『中世歴史叙述の展開――『職原鈔』と後期軍記』(1999・吉川弘文館)』
「明職」「官位抄」とも。有職(ゆうそく)故実書。2巻。北畠親房(ちかふさ)著。1340年(暦応3・興国元)成立。日本の官職制度について,官衙の別,由来,職員,官位,唐名などを詳細にのべる。任官のための家格や慣例の解説にも多くをさく。「神皇正統記」成立の翌年に,官職制度全体に注釈を加えたことは,親房の政治理念提示の一環と考えられる。奥書には執筆意図として「抄出之本意,初心に示す為なり」とあり,13歳で即位した後村上天皇に献じるのがおもな理由だったが,有力武士がこぞって任官を要望する時勢に対し,正しい慣例の権威を示す必要に迫られた事情も考えられる。「群書類従」所収。
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