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関東ローム層 かんとうロームそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

関東ローム層
かんとうロームそう

関東平野をおおっている火山灰層。普通赤土と呼ばれているが,ロームという呼称は,1881年に D.ブラウンスにより名づけられた。南部では,富士箱根,北部では浅間榛名赤城男体の諸火山に由来する。段丘面の対比,層中の暗色帯,浮石帯,鉱物組成などをもとに,南関東では立川,武蔵野,下末吉,多摩の各ローム層に層序区分されている。立川はウルム氷期後半,武蔵野はウルム氷期前半,下末吉はリス=ウルム間氷期末ないしウルム氷期初期,多摩はミンデル=リス間氷期末ないしリス氷期という地史的位置が考えられている。現在までに,関東地方では,このローム層中から,土器を伴わない石器群が数多く発見されている。そのような石器文化は,通常,先土器文化と呼ばれる。南関東では,この先土器文化はすべて立川ローム層中に含まれている。なお,北関東のローム層に含まれている著名な岩宿遺跡下層の石器群は,南関東の武蔵野ローム層もしくは立川ローム層のいずれに対比されるのか,明らかでない。 (→火山灰 )  

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デジタル大辞泉の解説

かんとう‐ロームそう〔クワントウ‐〕【関東ローム層】

関東ローム

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大辞林 第三版の解説

かんとうロームそう【関東ローム層】

関東地方の台地や丘陵をおおう火山灰層。第四紀更新世に箱根・富士・赤城・男体・榛名・浅間の諸火山から噴出したもの。赤褐色の粘土質で、乾燥すると微細な粒子となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

関東ローム層
かんとうろーむそう

もともと関東平野の台地丘陵を広く覆う赤土とよばれる赤褐色の土壌のうち、東京周辺のものにつけられた土壌学上の名称。東京周辺の赤土は、砂、シルト、粘土がほぼ等量混じり合っており、土壌学上ロームloamとよばれる粒度組成をもっていたため、関東ロームという名称が与えられた。しかし、同じようなものは関東地方以外や海外にもある。身近な存在であるが、その成因についてはさまざまな議論がなされてきている。かつては、火山灰層などが地表からの土壌化作用を受けて生じた残積性土壌であるという説があった。しかし、この説は現在では否定されており、関東ローム層(および同様の地層)は、最上部の黒土の部分を含め、風で運ばれた細粒物質が少しずつ地上に累積的に降下堆積(たいせき)して形成されたものであると考えられている。風で運ばれる可能性のある細粒物質には、火山噴火でもたらされた火山灰と裸地から風で舞い上がった風塵(ふうじん)がある。風塵には、火山の火口周辺の裸地から舞い上がったもの、火山以外の裸地から舞い上がったもの、黄砂(こうさ)のような遠方の大陸からもたらされたものがある。これらのうち、おもに何が累積的に堆積して関東ローム層をつくったかについては、噴火による火山灰とする説と火口近傍の裸地から舞い上がった風塵とする説とがある。
 関東ローム層は、堆積している河成段丘や海成段丘の形成時代順にいくつかの層準の地層に区分される。南関東では古いほうから、多摩ローム、下末吉(しもすえよし)ローム、武蔵野(むさしの)ローム、立川ロームの4層に区分されている。
 関東ローム層の量は、中期更新世以降堆積したものだけでも膨大である。この膨大な量の関東ロームは、関東平野の埋積を速め、陸域を拡大したばかりでなく、台地平坦(へいたん)面を侵食から守り、丘陵化を遅らせた。このように、関東ロームは関東平野の地形発達史にも大きな影響を与えている。[伊藤谷生・笠間友博]

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世界大百科事典内の関東ローム層の言及

【関東ローム】より

…関東地方に広く発達する赤土層で,関東ローム層ともよばれ,東京では,山手のような洪積台地,段丘や丘陵をおおっているが,下町の低地(沖積地)には分布しない。このローム層の構成物は火山灰で,風化を受けて粘土質になっており,鉄分が酸化して赤色を呈する。…

※「関東ローム層」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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