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関船 せきぶね

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

関船
せきぶね

(1) 室町時代,瀬戸内海を中心に,大名,寺社,海賊などによって設けられた海の関所に配置された監視用の軽快な。 (2) 戦国時代以来,水軍主用された快速の中型の軍船で,主力艦安宅船 (あたけぶね) とともに水軍の中心勢力を形成した。走を主とするため,40~50丁の櫓を装備する全長 18~23m程度のものが多かったが,江戸幕府による安宅船の所有禁止後は水軍の主力となり,諸大名の御座船として 70~80丁立て,全長 32~36m級の大型船も建造された。特に中国筋,四国,九州の諸大名は,参勤交代の際,領国から大坂までの海路に御座船と多数の関船による大船団を組んで往来した。

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世界大百科事典 第2版の解説

せきぶね【関船】

この呼称は,〈海賊〉なるものが日本にも出没し始めた10世紀前後(平安中期)から用いられていたと思われる。瀬戸内や豊後水道など海路の要衝をおさえた彼らは,航行する一般船舶から〈関銭(せきせん)〉,すなわち通航料を徴収して航路の保障と住民の保護に任じていたことは周知のとおりであるが,そのために用いられた船がこの名の起りであろう。以後,関船の実体は,時代とともに3度大きく変遷する。 まず第1期は14世紀末の南北朝時代のころまでであり,関船独自の船型はまだ存在せず,一般の漁船など小型船のうち船足の速い軽快なものを徴用していたようである。

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大辞林 第三版の解説

せきぶね【関船】

〔「関」は関所の意か〕
中世末から近世にかけて水軍で用いられた快速の軍船。江戸時代は幕府の政策で安宅船あたけぶねに代わって水軍の主力となり、艪数四〇梃ちよう立てから八〇梃立てまであった。はやぶね。

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世界大百科事典内の関船の言及

【和船】より

…現存史料による限り,〈百済船(くだらぶね)〉〈唐船(からふね)〉〈宋船〉〈暹羅船(シヤムせん)〉〈南蛮船〉などの対語としての〈倭船〉ないし〈和船〉なる文字は,少なくとも幕末前には見当たらない。では,日本の船のことは何と記しているかというと,〈遣唐使船〉〈遣明船〉〈朱印船〉〈安宅船(あたけぶね)〉,〈関船(せきぶね)〉(のち船型呼称となる),〈御座船〉〈荷船〉〈樽廻船〉〈くらわんか舟〉など用途による名称,〈茶屋船〉〈末吉船〉〈末次船〉〈荒木船〉など所有者名を冠するもの,〈伊勢船〉〈北国船(ほつこくぶね)〉〈北前船(きたまえぶね)〉〈高瀬舟〉など,地名を冠してはいるが実は船型を表すもの,〈二形船(ふたなりぶね)〉,〈ベザイ船〉(弁財船とも書かれる),〈菱垣廻船〉〈早船(小型のものは小早(こばや))〉など船型や艤装(ぎそう)を指す呼称,〈千石船〉(ベザイ船の俗称),〈三十石船〉など本来船の大きさ(積石数(つみこくすう)。現用の載貨重量トン)を表した呼称が船型名称のごとく使われるようになったものなど,個々の船種船型名称が記されているのが一般である。…

※「関船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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