阿智村(読み)あちむら

日本歴史地名大系 「阿智村」の解説

阿智村
あちむら

面積:一一三・二五平方キロ

下伊那郡の南西部に位置する。北は梨子野(なしの)山(一一三九メートル)を境に清内路(せいないじ)村・木曾郡南木曾(なぎそ)町、東は天竜川の支流阿知(あち)川を境に飯田市山本(やまもと)区、南東は阿知川の支流鶯巣(うぐす)川を境に下條(しもじよう)村、南は浪合(なみあい)村、西は神坂(みさか)峠(一五九五メートル)・恵那(えな)山(二一九〇メートル)を境に岐阜県中津川(なかつがわ)市に接する。

地形はおおむね西から東北に傾斜しており、木曾山脈に源を発する横川(よこがわ)川・園原(そのはら)川・本谷(ほんたに)川、更に黒(くろ)川・大沢(おおさわ)川が合流して阿知川となり天竜川に注ぐ。阿知川を境にして東は旧会地(おうち)村である。旧三州(伊那)往還にあたる国道一五三号がおおむね村を南北に縦貫して、飯田市―愛知県と結び、更に中央自動車道の恵那山トンネル・網掛(あみかけ)トンネルが開通したが、その恩恵を受けることは少なく、智里(ちさと)地区は過疎化が進んでいる。


阿智村
あちむら

2009年3月31日:下伊那郡阿智村が清内路村を編入
⇒【清内路村】長野県:下伊那郡
⇒【阿智村】[変更地名]長野県


阿智村
あちむら

2006年1月1日:下伊那郡阿智村が浪合村を編入
⇒【阿智村】長野県:下伊那郡
⇒【浪合村】長野県:下伊那郡

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「阿智村」の意味・わかりやすい解説

阿智〔村〕
あち

長野県南部,木曾山脈の南部にある村。西部の恵那山を境に岐阜県と接する。1956年会地村,伍和村,智里村が合体して阿智村が成立。2006年浪合村,2009年清内路村をそれぞれ編入。村名は平安時代初期に編纂された旧事本紀にも記述がある。北部は農林業が主で,南部は耕地が少なく,スキー場やゴルフ場がある。神坂峠遺跡は国の史跡,小黒川のミズナラは国の天然記念物に指定。村域の一部は中央アルプス県立自然公園に属する。三州街道(国道153号線)と木曾山脈南部を横断する清内路(国道256号線)の分岐点で,西に中央自動車道の恵那山トンネルと園原インターチェンジがある。面積 214.43km2。人口 6068(2020)。

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