コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

青蘿 せいら

3件 の用語解説(青蘿の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

せいら【青蘿】

1740‐91(元文5‐寛政3)
江戸中期の俳人。姓は松岡,通称は鍋五郎。別号は幽松庵,栗庵,栗の本,三眺庵,香松庵,山李坊,令茶など。播磨国姫路の人。江戸詰の姫路藩士松岡門太夫の三男として江戸に生まれた。同藩の武沢喜太夫の養子になり,6歳で養父を失い,一時はその名跡をついだが,やがて本姓にもどった。1755年(宝暦5)御勘定人となって江戸藩邸に勤めたが,身持が不良のため,59年姫路に移され,62年禄を離れて姫路を追われた。俳諧は12歳で玄武坊に学び,蝶夢にも影響されたが,姫路を離れて諸国をめぐるようになってからは,いよいよ俳諧に打ちこんだ。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青蘿
せいら
(1740―1791)

江戸中期の俳人。松岡氏。通称鍋五郎。別号幽松庵、栗庵(りつあん)、栗(くり)の本(もと)など。播磨(はりま)国姫路(兵庫県姫路市)に生まれ、江戸詰の姫路藩士であったが、身持ちが悪く放逐された。その後諸国を行脚(あんぎゃ)、29歳で剃髪(ていはつ)してから俳諧(はいかい)活動に傾倒した。初め玄武坊に学び、闌更(らんこう)の影響も受けた。樗良(ちょら)、蕪村(ぶそん)、几董(きとう)、暁台(きょうたい)らと交友し、中興俳人の有力者となった。俳風は平明ながら枯淡味をもつ。編著に『青蘿発句集』(1797)ほか。寛政(かんせい)3年6月17日没。
 雉子啼(きじな)いて跡は鍬(くは)うつ光かな[松尾勝郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

青蘿の関連キーワード中院通躬西洞院範篤寛政元文東湖上田瑚璉慧岩狩野高信神崎寛済高木永年

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

青蘿の関連情報