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青蘿 せいら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

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世界大百科事典 第2版の解説

せいら【青蘿】

1740‐91(元文5‐寛政3)
江戸中期の俳人。姓は松岡,通称は鍋五郎。別号は幽松庵,栗庵,栗の本,三眺庵,香松庵,山李坊,令茶など。播磨国姫路の人。江戸詰の姫路藩士松岡門太夫の三男として江戸に生まれた。同藩の武沢喜太夫の養子になり,6歳で養父を失い,一時はその名跡をついだが,やがて本姓にもどった。1755年(宝暦5)御勘定人となって江戸藩邸に勤めたが,身持が不良のため,59年姫路に移され,62年禄を離れて姫路を追われた。俳諧は12歳で玄武坊に学び,蝶夢にも影響されたが,姫路を離れて諸国をめぐるようになってからは,いよいよ俳諧に打ちこんだ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青蘿
せいら
(1740―1791)

江戸中期の俳人。松岡氏。通称鍋五郎。別号幽松庵、栗庵(りつあん)、栗(くり)の本(もと)など。播磨(はりま)国姫路(兵庫県姫路市)に生まれ、江戸詰の姫路藩士であったが、身持ちが悪く放逐された。その後諸国を行脚(あんぎゃ)、29歳で剃髪(ていはつ)してから俳諧(はいかい)活動に傾倒した。初め玄武坊に学び、闌更(らんこう)の影響も受けた。樗良(ちょら)、蕪村(ぶそん)、几董(きとう)、暁台(きょうたい)らと交友し、中興俳人の有力者となった。俳風は平明ながら枯淡味をもつ。編著に『青蘿発句集』(1797)ほか。寛政(かんせい)3年6月17日没。
 雉子啼(きじな)いて跡は鍬(くは)うつ光かな[松尾勝郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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