翻訳|shamanism
シャマニズムとは通常,トランスのような異常心理状態において超自然的存在(神霊,精霊,死霊など)と直接に接触・交流し,この間に予言,託宣,卜占,治病,祭儀などを行う人物(シャーマン)を中心とする呪術・宗教的形態である。〈シャーマン〉の語はツングース系諸族において呪術師を意味する〈サマンšaman,saman〉に由来するとする説が有力である。ほかに〈沙門〉を意味するサンスクリットの〈シュラマナśramana〉やパーリ語の〈サマナsamana〉からの借用語であるとか,ペルシア語の〈シェメンshemen〉(偶像,祠)からの転化語であるとする説もある。中国では〈巫(ふ)〉(女性)および〈覡(げき)〉(男性)の語を用いる。
シャーマンが他の呪術・宗教的職能者と異なる点は,超自然的存在とのかかわり方における〈直接性〉にある。直接性とはシャーマンがみずからの魂を肉体から分離させ,この魂が他界の神霊や精霊を訪ねて彼我直接に接触することであり,逆に神霊・精霊を招き呼んでみずからに憑依(ひようい)させ,あるいは神霊・精霊と直接話し合い,指示を仰ぐことである。一般に前者を〈脱魂型ecstasy type〉,後者を〈憑霊型possession type〉のシャーマンと呼んでいる。地域により脱魂型の濃厚なところ,憑霊型の多いところ,両者が重なり合っている場合などある。脱魂であれ憑霊であれ超自然的存在との直接接触・交流は,シャーマンが日常的心理・意識を変異させた状態すなわち〈トランスtrance〉において実現される。地域によっては夢がトランスと同じように神人交流の役割をもつ場合もある。
シャーマンは超自然的存在との直接接触・交流の仕方における特徴から,いくつかに区分される。神霊・精霊がシャーマンに憑入し,人格が霊格化して直接話法で言動するのは〈霊媒〉,シャーマンが神霊・精霊の姿を目にし,声を耳にして間接話法でふるまうのが〈予言者〉,ろうそくや線香の燃えぐあいなどに神意を読みとるのが〈見者〉であるとされる。いずれにせよ,その前提には神・人の直接交流の事実があり,通常,意識・心理の変異が見られる点で共通している。霊媒,予言者,見者が別人物であることもあり,同一人物がこれら異なる霊能を兼備していることもある。脱魂,憑霊の2区分に関係づけて言えば,脱魂型シャーマンは他界に赴く予言者,見者であり,憑霊型シャーマンは神霊・精霊をみずからに引き寄せる点で,霊媒,予言者,見者のいずれでもありうることになる。
ある人物がシャーマンになるのには大別して三つの道がある。(1)神霊・精霊の選びにより半ば強制的にシャーマン化する(召命型),(2)みずからの,または周囲の意志により自発的に学習してシャーマンになる(修行・学習型),(3)ある家系が代々シャーマン職を継承する決まりになっていてシャーマンになる(世襲型)。いずれの道によるにしてもトランス状態に入って神霊・精霊と直接交流する方法を先輩シャーマンや伝承などから学習することが必要である。召命型のシャーマンになる人物は,いろいろな原因・理由から人生の辛酸を繰り返しなめている例が多い。
シャーマンの儀礼の特色は,超自然的存在に直接かかわることによってこれを行う点にある。神霊・精霊の意志や願望を直接伝達することが主眼になるが,形式としては,シャーマンが第一人称で語る託宣,第三人称で表現する予言,道具を使用しての卜占,病気治療,祭儀の執行などがある。どの場合も神霊・精霊が憑入したり,霊感を与えたりすることは言うまでもない。多くは集団儀礼seanceの形をとるが,シャーマン対個人の形もある。シャーマンは託宣師,予言者,見者,卜占師,治療師,祭司の諸役を兼務する職能者である。
(1)超自然的存在を直接媒介することにより,当該民族・社会の神観念や他界観念を具象化,活性化させる。(2)未開社会のシャーマンは社会統合の中心としての役割を果たすが,文明社会においても強力な〈カリスマ〉として人々を糾合し,集団を形成するにいたることは多くの新宗教集団の例に見られる。(3)シャーマン的カリスマ性は各地の王や首長,指導者の権威の基礎になっていることが少なくなく,邪馬台国の女王卑弥呼やアフリカのシルック族の王などその例である。(4)伝統的な政治・社会体制が崩壊過程にあるようなとき,強力なカリスマ的人物が体制を再編成するにいたる例がよくみられるが,その種の人物は多くシャーマン的である。(5)宗教文化の主要な構成要素であるアニミズム,アニマティズム,死霊・祖霊崇拝,神秘主義などの維持・存続に大きく貢献している。
〈シャーマン〉の語がツングース族に由来するとの説から,シャマニズムといえばシベリアの原始宗教と見られがちであったが,最近では世界各地の類似現象をもシャマニズムと見て,その特質や機能を比較検討し,広い視野から現象を位置づけようとする傾向が強くなった。M.エリアーデ,I.M.ルイス,G.K.ネルソンなどはいずれもシャーマン,シャマニズムを世界的・普遍的現象として扱うにいたっている。その結果,シャマニズム研究において従来使用されてきた主要概念は少なからず修正され,〈シャーマン〉の語を適用する範囲も拡大されることになった。今日ではシャマニズムは文明国にも,大都市にも存在すると見る見方が一般的になってきている。
日本のシャマニズムは,3世紀半ばころの邪馬台国の女王卑弥呼に代表される女性シャーマンを主体とする流れが,歴史を貫いて現在に及んでいる。東北地方のイタコ,ゴミソ,カミサン,オナカマ,ワカ,各地の行者,祈禱師,卜師などと呼ばれる民間職能者,南西諸島のユタ,カムカカリヤー,モノシリなどは,その大多数がシャーマン的性格・役割を有すると見られている。多くは女性であり,彼らを中心とする宗教形態(シャマニズム)は日本の基層宗教または固有信仰の主要部分を成している。各地の民間職能者にとどまらず,日本の名だたる新宗教集団(天理教,大本教,霊友会,立正佼成会など)の教祖が著しくシャーマン的であったことはよく知られている。日本のシャーマンの特色は,一個人が霊媒,予言者,見者の性格(型)を兼ね備えており,時と場合により諸型を使い分ける融通性にあると見られる。日本のシャマニズムは僻遠の地に濃厚とされてきたが,けっしてそうではなく,むしろ大都市部において積極的な機能を果たしていることが,最近になって注目されるにいたっている。
執筆者:佐々木 宏幹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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男性あるいは女性のシャマンが忘我状態におちいる宗教的実修と,それに結びついた表象体系をいう。北アジアや中央アジアで発達しているが,ほとんど全世界に分布。北・中央アジア型のシャマニズムは,青銅器文化的な牧畜民文化のなかで形成されたが,その前身は狩猟民文化にさかのぼる。シャマニズムには,精霊がシャマンに憑(つ)く型と,シャマンの霊魂が天や他界に旅行する型との二つがある。ともに霊魂や精霊を前提としている点で,アニミズムがシャマニズムの前提条件。シャマニズムはさまざまの宗教形態に結びつきうる技術である。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…精神医学的には,ヒステリー反応,癲癇(てんかん)発作の前兆,躁病,分裂病などの異常心理状態,麻薬中毒,催眠状態などにおける通常の意識の消失と変化を意味し,しばしば外界に対する感覚喪失と筋肉のカタレプシー状態を伴う。宗教の中には,神秘体験によるエクスタシーを重要視するものも多いが,とくにシャマニズムでは,中心的行為と考えられている。エリアーデは,その著《シャマニズム》(1951)で,シャマニズムとはエクスタシーの技術であり,これに必ず伴う意識の変化であるトランス状態で,巫者の魂が肉体を離れて天上界や地下界を往復すると信じられている現象であると述べている。…
…さらに,ソ連崩壊とともに中央アジア5共和国は独立し,新たな時代を迎えている。
【文化】
草原地帯の遊牧民は,その遊牧生活に適したテント,ズボン,乳製品など,みごとな生活文化を編み出す一方,精神生活の面では,シャマニズムの信奉者であり,それは,彼らの間にマニ教,仏教,イスラムなどが浸透した時代においても,なお根本的には変化を見せなかった。遊牧民の間における文字の使用については,7世紀末~9世紀半ばの突厥文字,13世紀以降のモンゴル文字など,若干の例はあるにしても,中央アジアの遊牧民は,基本的には文字をもたぬ人びとであった。…
…この地方の降神巫はもっぱら卜占と祈禱に従事し,世襲司祭巫との関係は分業的・相補的である。中北部の降神巫と南部地方の世襲司祭巫の関係については諸説あるが,各地域の地理的・社会的・歴史的条件を背景として,朝鮮シャマニズムがその発展過程で分化,変化したものとみなすことが妥当であろう。世襲司祭巫の形成には,その基層に存在した根強い南方的文化の影響が考えられる。…
※「シャマニズム」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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