香月泰男(読み)カヅキヤスオ

デジタル大辞泉 「香月泰男」の意味・読み・例文・類語

かづき‐やすお〔‐やすを〕【香月泰男】

[1911~1974]洋画家山口の生まれ。東京美術学校卒。藤島武二師事シベリア抑留後帰国、「埋葬」に始まる連作制作。他の作品に「黒い太陽」など。画集に「画集シベリヤ」がある。

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20世紀日本人名事典 「香月泰男」の解説

香月 泰男
カヅキ ヤスオ

昭和期の洋画家



生年
明治44(1911)年10月25日

没年
昭和49(1974)年3月8日

出生地
山口県大津郡三隅村(現・三隅町)

学歴〔年〕
東京美術学校(現・東京芸術大学)油絵科〔昭和11年〕卒

主な受賞名〔年〕
国展国画奨学賞〔昭和14年〕,新文展特選〔昭和14年〕,西日本文化賞〔昭和43年〕,日本芸術大賞(第1回)〔昭和44年〕「シベリア・シリーズ」

経歴
昭和4年上京し川端画学校洋画部で学ぶ。のち東京美術学校に入学、在学中の9年国画会展(国展)に初入選し、14年国画奨学賞受賞。同年新文展で特選。15年国画会同人となる。18年応召して満州に渡り、戦後2年間シベリアに抑留。22年復員後は故郷の三隅町で、戦時中の痛烈な体験をモチーフに制作を続けた。24年第1回個展を東京・フォルム画廊で開催、以後毎年個展を開催。またサンパウロビエンナーレ、サロン・ド・メ展、カーネギー国際美術展、日本国際美術展、現代日本美術展などに出品。35年24年間の教師生活をやめて創作専念。37年国画会脱退。44年九州産業大学教授。作品の多くは54年新設された山口県立美術館常設展示されている。代表作に「埋葬」(24年)に始まる〈シベリア・シリーズ〉、「告別」「ダモイ」「雪」「ハイラル通信」などがあり、著書に「画集シベリア1943〜1947」のほか、「私のシベリア」「画家のことば」がある。平成5年三隅町に香月泰男美術館が開館。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

百科事典マイペディア 「香月泰男」の意味・わかりやすい解説

香月泰男【かずきやすお】

画家。山口県生れ。東京美術学校卒。在学中の1934年国画会入選。1945年―1947年シベリア抑留。帰国後の1948年に代表作《シベリア・シリーズ》の第1作を発表。抑留体験の苛酷さを深みのある色調で作品化していった。1951年第1回サン・パウロ・ビエンナーレに出品。山口県立美術館が《シベリア・シリーズ》56点を収蔵している。
→関連項目上野の森美術館戦争画山口県立美術館

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「香月泰男」の意味・わかりやすい解説

香月泰男
かづきやすお
(1911―1974)

洋画家。山口県生まれ。1931年(昭和6)東京美術学校油画科に入学、藤島武二(たけじ)に学ぶ。39年文展で特選、国画会で国画奨励賞、翌年佐分(さぶり)賞を受け国画会同人となる。43年応召し、シベリア抑留ののち47年(昭和22)帰郷。国画会展に毎年出品のほか、サンパウロ・ビエンナーレ展、カーネギー国際美術展にも出品。69年シベリヤ・シリーズに対して新潮文芸振興会の第1回日本芸術大賞が贈られた。山口県立美術館に香月泰男展示室がある。

[小倉忠夫]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「香月泰男」の解説

香月泰男 かづき-やすお

1911-1974 昭和時代の洋画家。
明治44年10月25日生まれ。藤島武二に師事。昭和9年国画会展に初入選,15年同人となる。また14年新文展で「兎」が特選。シベリア抑留ののち22年帰国。サンパウロ-ビエンナーレ展,カーネギー国際美術展などに出品。昭和49年3月8日死去。62歳。山口県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。画集に「画集シベリヤ」など。

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367日誕生日大事典 「香月泰男」の解説

香月 泰男 (かづき やすお)

生年月日:1911年10月25日
昭和時代の洋画家。九州産業大学教授
1974年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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