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駿河版 するがばん

6件 の用語解説(駿河版の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

駿河版
するがばん

江戸幕府初代将軍徳川家康が晩年,金地院崇伝林羅山に命じて駿府で出版させた銅活字版の書籍。『大蔵一覧集』 (1615) ,『群書治要』 (16) などをいう。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉の解説

するが‐ばん【×駿河版】

徳川家康駿府(すんぷ)林羅山崇伝(すうでん)らに命じて出版させた、日本最初の銅活字の版本。「大蔵一覧集」「群書治要」がある。

出典|小学館
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百科事典マイペディアの解説

駿河版【するがばん】

駿府(すんぷ)本ともいう。徳川家康が駿府(静岡市)に隠棲(いんせい)してから,以心崇伝(いしんすうでん),林羅山らに命じて出版した銅活字印本(古活字版)。1615年(慶長20年)開版の《大蔵(だいぞう)一覧集》と《群書治要》の2種がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

するがばん【駿河版】

徳川家康が駿府(すんぷ)に隠退してから以心崇伝(いしんすうでん),林道春に命じて開版させた古活字版(こかつじばん)。家康は江戸幕府成立後その政策に文治主義をとり入れて,学問を奨励し,また多くの開版事業を行った。そのうち1606年(慶長11)にいわゆる伏見版の最後のものである《武経七書》を印行して後,一時の中絶をおいて,15年(元和1)に開版された《大蔵一覧集(だいぞういちらんしゆう)》と,翌16年の《群書治要(ぐんしよちよう)》の二つを駿河版と称する。

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大辞林 第三版の解説

するがばん【駿河版】

徳川家康が駿府に設けた駿河文庫の出版した銅活字本の総称。「大蔵一覧集」「群書治要」がある。駿河本。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

駿河版
するがばん

徳川家康が晩年駿府(すんぷ)(静岡市)に退隠してのち、以心(いしん)(金地院(こんちいん))崇伝(すうでん)・林羅山(はやしらざん)(道春(どうしゅん))らに命じ、銅活字を用いて出版した書物。伏見(ふしみ)版とともに家康が刊行した書物として名高い。その刊行事情は崇伝の『本光国師(ほんこうこくし)日記』に詳しい。まず1615年(元和1)に『大蔵(だいぞう)一覧集』を開版し、125部を印行、ついで翌年には『群書治要(ぐんしょちよう)』を刊行したが、家康は完成の前に急逝した。駿河版の銅活字(重要文化財)は現在、凸版印刷(株)の所蔵となっている。[金子和正]
『川瀬一馬著『増補古活字版之研究』(1967・日本古書籍商協会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の駿河版の言及

【慶長版】より

…日本において,慶長年間(1596‐1615)に開版された出版物の総称。(1)1597年の《錦繡(きんしゆう)段》《勧学文》に始まり,99年の《日本書紀神代巻》《古文孝経》などを経て1603年の《白氏五妃曲》にいたる後陽成天皇の勅版,(2)1599年の《孔子家語》《六韜(りくとう)》《三略》に始まり,1600年の《貞観政要》その他を経て06年の《七書》にいたる徳川家康の伏見版,(3)徳川家康が駿府(すんぷ)に引退してから金地院崇伝,林道春に命じて開版させた15年の《大蔵一覧集》(いわゆる駿河版)のほか,(4)1605年富春堂五十川了庵が刊行した《太平記》その他がこれに属する。勅版や伏見版は大形の木活字本(古活字版)であるが,駿河版は銅活字を用いた。…

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