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鳳来寺 ほうらいじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鳳来寺
ほうらいじ

愛知県東部,新城市にある寺。真言宗五智教団の本山大宝3 (703) 年に利修仙人が開創光明皇后御願寺と伝えられる。源頼朝が建久年間に再興し,源氏祈願所とした。徳川家康は父がこの寺に祈り出生したことから保護し,徳川家光伽藍を増築し,新たに東照宮を建てた。真言宗に属し,本尊薬師如来は峯薬師といわれる。

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デジタル大辞泉の解説

ほうらい‐じ【鳳来寺】

愛知県新城(しんしろ)市にある真言宗五智教団の大本山山号は、煙巌山。開創は大宝3年(703)、開山は利修と伝える。

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百科事典マイペディアの解説

鳳来寺【ほうらいじ】

愛知県新城市鳳来寺山中腹にある真言宗五智教団の本山。山号は煙巌山。本尊薬師如来。宝来寺,蓬莱寺とも。703年利修仙人の開創と伝え,鎌倉時代源頼朝が再興し,源氏の祈願所とした。
→関連項目天竜奥三河国定公園鳳来寺山

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうらいじ【鳳来寺】

愛知県南設楽(みなみしたら)郡鳳来町にある真言宗の寺。山号は煙巌山。〈峰の薬師〉と称される。鳳来寺山の南面,標高520mに位置する。703年(大宝3)文武天皇勅願により利修仙人が開創したと伝える。のち衰微したが源頼朝が再興。一説には,平治の乱後の3年間,頼朝が当寺にかくまわれたためという。明応年間(1492‐1501)には寺領3000石を数えたが,1590年(天正18)豊臣秀吉のときには300石に減じた。

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大辞林 第三版の解説

ほうらいじ【鳳来寺】

愛知県新城市にある真言宗五智教団の本山。山号、煙巌山。702年文武天皇の勅願により利修の開創と伝える。寺域の鳳来寺山はコノハズクなどの生息地として知られ、全山が国の名勝および天然記念物に指定される。峰の薬師。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鳳来寺
ほうらいじ

愛知県新城(しんしろ)市門谷(かどや)、鳳来寺山中にある真言(しんごん)宗五智(ごち)教団本山。煙巌山(えんごんさん)と号する。本尊は薬師如来(にょらい)。峯薬師(みねやくし)ともよばれ、日本三薬師の一つとして知られる。703年(大宝3)文武(もんむ)天皇の勅願により、利修(りしゅう)仙人の開創と伝える。その後、源頼朝(よりとも)は三重塔をはじめ諸堂宇を再建した。また天文(てんぶん)年間(1532~55)に松平広忠(ひろただ)夫妻が当寺に参籠(さんろう)して一子を得たのが徳川家康といわれ、天下統一後はその外護(げご)により寺運隆盛を迎えた。さらに3代将軍家光(いえみつ)の代に伽藍(がらん)を改修するとともに、東照宮も造営された。しかし当山各坊は真言・天台両宗の対立と、明治の廃仏棄釈などにより衰えたが、1906年(明治39)全山真言宗となり、しだいに復旧し、1954年(昭和29)現派本山となった。[眞柴弘宗]

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世界大百科事典内の鳳来寺の言及

【浄瑠璃姫】より

…三河国矢作(やはぎ)地方などの伝説や《浄瑠璃物語》に登場する女主人公。《浄瑠璃物語》によれば,源中納言兼高と妻の遊君矢作の長者とが峰の薬師(鳳来(ほうらい)寺)に申し子をして得た子。14歳のとき,金売吉次の供をして奥州に下る牛若(義経)と契ったとされ,駿河国吹上で病に死んだ義経を姫が蘇生させたとされる。また,三河国笹谷で義経が法華経と歌を回向(えこう)すると姫の墓の五輪塔が砕けて,奇瑞をみせたと伝える。…

※「鳳来寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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