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東照宮 とうしょうぐう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

東照宮
とうしょうぐう

東照大権現の神号を得た徳川家康をまつる神社。全国各地に所在し,そのうち栃木県日光市日光東照宮が特に有名で,元別格官幣社。元和2 (1616) 年に没した家康の遺体はいったん駿河国の久能山に葬られたが,遺言により元和3 (1617) 年下野国日光山に改葬された。その後,寛永 11 (1634) ~13年に将軍徳川家光社殿の大々的な改築を行ない,現在の日光東照宮ができた。すべて漆塗りで極彩色が施され,当代の建築装飾が集約されている。社殿の形式は権現造の典型的なもので,最もよく知られている陽明門をはじめ5件8棟が国宝に指定されている。 1999年には近隣の二荒山神社輪王寺とともに世界遺産の文化遺産に登録。なお東照宮は初め東照社と称し,正保2 (1645) 年東照宮号を朝廷から授けられた。

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デジタル大辞泉の解説

とうしょう‐ぐう〔トウセウ‐〕【東照宮】

徳川家康を祭る神社。初めは東照社と称された。家康は初め久能山に葬られたが、日光に社殿が営まれ東照大権現として奉斎。正保2年(1645)宮号を授けられると、全国の社も東照宮と改称した。
栃木県日光市にある神社。祭神は徳川家康主神とし、源頼朝豊臣秀吉配祀(はいし)。元和3年(1617)に駿河の久能山より家康の霊を遷して祭ったのに始まる。本殿・拝殿・唐門・陽明門などは国宝。平成11年(1999)「日光の社寺」の一つとして世界遺産(文化遺産)に登録された。

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百科事典マイペディアの解説

東照宮【とうしょうぐう】

徳川家康をまつった神社で,後水尾天皇から追贈された神号の東照大権現に由来する。御三家はもちろん,多くの大名も領内にまつったため全国各地にある。ことに有名なものは日光東照宮久能山東照宮
→関連項目権現造天海徳川家光奈良屋茂左衛門日光社参日光奉行輪王寺

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世界大百科事典 第2版の解説

とうしょうぐう【東照宮】

徳川家康をまつる神社。1616年(元和2)家康が駿府で没すると,遺言に基づきいったん駿河久能山に葬り,翌年下野日光山に遷葬,朝廷から東照大権現の神号が授けられた(日光東照宮)。久能山東照社は17年12月社殿を造替,幕府は神領3000石を寄進した。家康死去の年に外孫松平忠明が大坂天満の川崎に,外様大名有馬豊氏が筑後善導寺に,東照社をまつった。秀忠は18年江戸城紅葉山に内廟として東照社を勧請し,藤堂高虎は府内士庶参詣の便に上野忍ヶ岡に小祠を建て勧請したが,寛永寺創建にともない幕府は27年(寛永4)これを造替した(上野東照宮)。

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大辞林 第三版の解説

とうしょうぐう【東照宮】

徳川家康をまつった神社。初め駿河の久能山に葬られたが、1617年朝廷から東照大権現の神号を与えられ、日光山に改葬されることになり、東照宮が造営された。諸大名も領内に建立したので、全国各地に同名の神社がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

東照宮
とうしょうぐう

徳川家康を祀(まつ)る神社。徳川家康は1616年(元和2)駿府(すんぷ)城(静岡市)で亡くなり、久能(くのう)山に葬られたが、翌年遺言のとおり、日光に社殿を建て神として奉斎、後水尾(ごみずのお)天皇より東照大権現(だいごんげん)の称号が奉られ、正一位を贈られた。1645年(正保2)その社が東照宮と称されたが、それとともに全国の城下町などに勧請(かんじょう)して祀られた社も、東照宮と称された例が多く、約百数十社が存する。[鎌田純一]

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世界大百科事典内の東照宮の言及

【江戸時代美術】より

…だが,そうした障壁画や欄間の透し彫には,桃山美術の持つ潑剌とした感覚が薄れ,代わって格式張った荘重な雰囲気が強調されている。同様な性格は,日光東照宮の過剰なまでの彩色や装飾彫刻についても指摘できよう。これらに桃山美術の発展の最後の段階が見られる。…

【日光東照宮】より

…これより以前,日光山領は豊臣秀吉により門前,屋敷,足尾村以外を没収されたが,秀忠は20年日光山領に1400石を加増,東照社領5000石を寄進した。日光山に家光の大猷院(だいゆういん)廟が建立されると,52年(承応1)堂領3630石余が寄進され,55年(明暦1)東照宮領は1万石とされた。この本高1万3630石余に93年(元禄6)の検地打出高,1700年の足知(たしち)が加わり2万5000石余となったが,92年(寛政4)新御領上知により2万0900石余となった。…

【別格官幣社】より

…74年,楠木正成をまつる神戸の湊川(みなとがわ)神社が創建されると,祭神が皇族でも天神地祇でもなかったので,国家のために特に功労のあった人臣をまつる神社を別格官幣社に列する制度を75年に設け,祭祀は官幣小社に準ずることとした。同年,豊臣秀吉をまつる京都の豊国(とよくに)神社と,徳川家康をまつる日光の東照宮が別格官幣社となり,その後,年を追って増加し,1945年までに28社に達した。28社を祭神別に見ると,南北朝時代の忠臣新田義貞,北畠親房,名和長年らをまつる神社が10社,幕末維新期の主要人物と近世の藩政に功績のあった大名をまつる神社8社,戦国時代の大名をまつる7社,藤原鎌足,和気清麻呂・広虫,藤原秀郷をまつる3社となっており,それら28社の創建の中に,国家神道下の神社政策と,それを支えた歴史観を見ることができる。…

【紅葉山】より

…古墳という推測もあるが,江戸城構築後,1618年(元和4)に徳川家康の廟所を設置して以来,歴代将軍の廟が設けられ,御霊屋(おたまや)という。家康廟はのちに東照宮といい,毎年4月17日の忌日には将軍の参詣があり,紅葉山御社参ととなえ幕府年中行事の一つであった。祭事のための楽人が付属し,紅葉山楽人といい,霊廟には紅葉山坊主が雑事に当たった。…

※「東照宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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