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鴻池善右衛門(3代) こうのいけ ぜんえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鴻池善右衛門(3代) こうのいけ-ぜんえもん

1667-1736 江戸時代前期-中期の豪商。
寛文7年生まれ。2代鴻池善右衛門の長男。両替業とおおくの大名への貸し付け(大名貸し)で巨万の富をきずく。また河内(かわち)(大阪府)に新田を開発。幕府の御用もつとめた。元文元年7月12日死去。70歳。大坂出身。名は宗利。
【格言など】家業以外は,どんなに儲けが大きくても,ほかの商売はしないこと(家訓)

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朝日日本歴史人物事典の解説

鴻池善右衛門(3代)

没年:元文1.7.12(1736.8.18)
生年:寛文7(1667)
江戸期の大坂の豪商鴻池善右衛門の3代目。宗利と称す。同家2代目喜右衛門之宗の長男,元禄8(1695)年,28歳で家督を相続。鴻池家の事業は,宗利が生まれたころには次第に大名貸専門の両替商経営に特化していたが,宗利はさらにこれを発展させ,元禄期においては,32藩と金融上の取引関係を持つに至り,これらの藩の蔵屋敷の掛屋・蔵元・立入に任ぜられた。大名貸経営は良好で,宗利の時代に鴻池は絶頂期を迎え,資産は寛文10(1670)年の銀204貫から,宗利の代の享保3(1718)年には銀3万8205貫と増加した。この蓄積をもとに,宝永2(1705)年からは旧大和川流域の新田開発に着手し(鴻池新田),地主経営にも乗り出した。享保1年に開始し,同17年に完成した宗利による「家定記録覚」はその後明治期まで同家の経営の方針を定める家訓となった。3代善右衛門は豪商鴻池家の盤石の基礎を固めた人物であったといえる。<参考文献>宮本又次『鴻池善右衛門』,安岡重明『財閥形成史の研究』

(宮本又郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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