尺八楽古典本曲および胡弓楽本曲の曲名。《鹿の遠音》とともに古くから尺八曲の代表的存在として一般人にもよく知られた曲であるが,尺八楽の流派による同名異曲が非常に多くあり,胡弓曲も同類である。また,尺八楽の琴古流・上田流の《巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ)》,明暗対山流の《巣鶴》などのように曲名の異なるものもある。それらの間の異同の程度はさまざまで,相互の伝承または影響関係は必ずしも明らかではないが,いずれも雛鶴の誕生から親鳥の愛情,子鶴の巣立ちを経て親鳥の死にいたる一連の物語を共通の曲想としており,大なり小なり似通った音楽的特徴をもっているから,同一原曲から種々の同工異曲が生じた可能性が濃い。旋律面の共通の特色としては,曲中のさまざまな旋律の中に同じ音を細かく刻んで連続させる音型(トリルやトレモロに近似)が頻用されることがあげられ,これらは鶴の鳴き声や羽ばたきを描写したものとみなされている。この曲は,こうした情景描写や感情表現の要素を含む点に加えて,リズムの面では拍節的な部分が多い点でも,古典本曲中やや異色の存在であるが,それらの点がまた同時に,広く愛好されてきた原因であったともいえよう。
執筆者:上参郷 祐康
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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尺八および胡弓(こきゅう)本曲の曲名。通称「巣籠」。尺八琴古流(きんこりゅう)本曲名は『巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ)』。擬音を駆使した奏法と、鶴の子育てから巣立ちまでの、親子の情愛をテーマとした一種の標題音楽。『鹿(しか)の遠音(とおね)』と並ぶ破手(はで)の曲で、宗教性を重視する尺八本曲のなかでは特異な存在。この曲は伝承的に「東北系」と「関西系」に二分され、東北系『鶴の巣籠』は伝承地東北地方特有の細かい技巧をもつ無拍リズムの本曲様式を踏まえる。関西系のそれは、地歌(じうた)の巣籠地「ツルテン」の音型を出現させて、拍節的旋律が随所に聞かれるという特徴をもつ。また胡弓では、流派・系統によって違いはあるが、胡弓曲中唯一といってよい独奏主体の本曲になっている。
[月溪恒子]
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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