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鶴沢清六(3代) つるざわ せいろく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

鶴沢清六(3代) つるざわ-せいろく

1868-1922 明治-大正時代の浄瑠璃(じょうるり)三味線方。
明治元年9月生まれ。2代鶴沢鶴太郎の門人。明治36年3代清六を襲名。2代豊竹古靱太夫(こうつぼだゆう)(豊竹山城少掾(やましろのしょうじょう))の三味線方をつとめた。大正11年1月19日死去。55歳。駿河(するが)(静岡県)出身。旧姓は永田。本名は田中福太郎。初名は鶴沢福太郎。前名は鶴沢鶴太郎(3代),鶴沢叶(かのう)(3代)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

鶴沢清六(3代)

没年:大正11.1.19(1922)
生年:明治1.9(1868)
明治大正期の文楽三味線の名手。本名田中福太郎。通称塩町の師匠。静岡の蕎麦屋の3男に生まれ,はじめ長唄を習ったが,15歳のときに大阪へ出て,2代目鶴沢鶴太郎に入門,福太郎を名乗り,3代目鶴太郎,3代目叶を経て明治36(1903)年に3代目清六を襲名した。音,間,情の三拍子そろった芸は時代物,世話物ともにすぐれ,6代目野沢吉兵衛,6代目豊沢広助(名庭絃阿弥)と共に大正期文楽座の三味線三幅対と称された。明治42年から死ぬまで2代目豊竹古靭太夫(山城少掾)の相三味線を勤めて育て上げた功績は,文楽史上に特筆されるべきものがある。<参考文献>『義太夫年表/明治篇,大正篇』

(山田庄一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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