二毛作(読み)ニモウサク(その他表記)two-crop system

デジタル大辞泉 「二毛作」の意味・読み・例文・類語

にもう‐さく【二毛作】

同じ耕地で、1年に二度別種農作物を栽培すること。一度目を表作、二度目を裏作という。→二期作
[類語]一毛作三毛作多毛作

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「二毛作」の意味・読み・例文・類語

にもう‐さく【二毛作】

  1. 〘 名詞 〙 同じ耕地に一年に作物を二度栽培すること。水稲を刈り取った後に麦を作るなど。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「二毛作」の意味・わかりやすい解説

二毛作 (にもうさく)
two-crop system

同じ水田あるいは畑に,1年のうちに2種類の作物を異なった時期に栽培する作付様式。季節の推移に対応して,夏作と冬作とを組み合わせた二毛作が最も一般的である。アジア・モンスーン地帯最北域の島国としての特殊な気象条件を生かして,日本においては,水田に夏は湛水(たんすい)して湿潤熱帯性の水稲を栽培し,冬は水を落として畑地化して冷温帯性畑作物のムギを栽培する,水田の米麦二毛作技術が確立した。水稲の裏作にはレンゲソウ,ナタネジャガイモソラマメエンドウタマネギなども栽培された。畑においても,夏は陸稲,サツマイモ,冬はムギ,ナタネなど,生態型の異なる作物を組み合わせた二毛作が行われた。世界的には水不足や寒冷のために穀作は1年1作が普通であり,米・麦二大穀物の二毛作は特異なものである。日本の高密度人口は米麦二毛作によって支えられてきた。第2次大戦前は北関東から富山県を結ぶ線が米麦二毛作限界線であり,これ以北では低温,積雪および湿田が二毛作の限定要因となっていた。しかし戦後の技術開発は水稲の作期を大幅に動かすことを可能とし,限界線は東北地方南部まで北上した。湿田の乾田化,水利システムの整備も水田の二毛作可能地を拡大した。ところが,その後のアメリカ小麦の輸入拡大,対米価比麦価低落,稚苗機械移植による田植の早期化などによって,経済的にまた技術的に,農業経営における裏作麦の存在意義は薄められてしまった。また農家の兼業化が進み,ムギに限らず水田裏作自体が放棄され,水田二毛作は形骸化した。畑の二毛作も様変りし,陸稲,ムギ,ナタネが激減し,野菜を中心とした組合せの二~多毛作化の方向と,ビニルハウスなどを利用した施設内での野菜づくりの方向が増加している。
執筆者:

平安時代中期に二毛作の存在を示す史料があり,鎌倉時代には二毛作がかなり普及した。これには裏作の可能な水田におけるイネとムギその他の雑穀との組合せ,あるいは畑地における雑穀相互の組合せがある。このうち水田裏作にムギを作付けする水田二毛作があったことは,1264年(文永1)4月に鎌倉幕府が諸国に令して裏作麦の年貢徴収を禁じた法令(《新編追加》)からも明らかである。室町時代初期になると,ムギのほかダイズ,アズキ,ソバ,アワなどがイネの裏作として栽培された。畑地における二毛作では主としてムギとその他の雑穀とが組み合わされ,地域によってはムギ,ダイズ,ソバの三毛作さえ行われた。室町初期に来日した朝鮮使節宋希璟はその旅行記《老松堂日本行録》で,摂津尼ヶ崎付近の水田でムギ,イネ,ソバの三毛作が行われている事実を指摘している。これを可能にしたのは人工的な灌漑排水の普及による乾田の増加,品種改良,施肥量の増大などを中心とする当時の農業技術の発展があったからで,戦国時代には広く各地で二毛作が奨励された。江戸時代に入り,本百姓の小規模経営が一般的に成立し,農業経営の集約化が進むと,とくに品種改良,購入肥料,灌漑用水施設などの諸条件に恵まれた近畿や山陽方面を中心として,水田二毛作の範囲がいっそう拡大され,畑地における二毛作も普及し,ここに二毛作は主穀以外に各種の商品作物に及んだ。もっとも寒冷地や深雪地ないし水旱損(すいかんそん)地帯では二毛作はまったく不可能であるが,明治以後,土地改良の実施,購入肥料の種類と量の増加などによって二毛作の普及が一段と進み,戦後には水田における一毛作,二毛作の比率がほとんど相半ばするに至った。しかし高度経済成長の過程で二毛作は激減し,1995年の耕地利用率は97.7%,冬季田地利用率は11.1%となっている。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「二毛作」の意味・わかりやすい解説

二毛作
にもうさく

同じ耕地に、1年に2回、異なった種類の作物を作付けする土地利用をいう。農業を集約化していく方法として、集約的な栽培管理により収量増大を図るほかに、作付回数を増加し延べ作付面積を増やすことによって、限られた土地で収穫量を拡大していくことが行われてきた。「○年○作」という用語法は、土地利用率と輪作形式の両者を表現したもので、たとえば、毎年の稲―麦作付は一年二作の二毛作、早稲(わせ)―麦―晩稲(おくて)―冬休閑は二年三作で二毛作と一毛作の交互実施、稲―大麦―稲―レンゲは二年四作の毎年二毛作であって、地域の諸条件に対応して行われてきたものである。わが国の水田農業における代表的なものとしては、米麦二毛作があり、裏作には麦のほか地域によりナタネやレンゲも作付けられた。

 二毛作を制約する自然的・技術的要因の大きいものとして、気象と土壌(水)条件がある。寒冷・積雪などは冬作の生育を制約する。米麦二毛作の気象条件による経済的北限は、関東北部から北陸にかけての地域といわれてきた。また米麦二毛作では、湛水(たんすい)作物である夏作の稲と、畑作物である冬作の麦とが組み合わされている。この交互栽培には、人工的な灌漑(かんがい)・排水が進み、水の制御が可能な乾田化への土地改良が要件となっている。さらに作物の作季や作付期間を変える品種改良、容易に地力補給を可能にする肥料の使用、前作の収穫と後作の作付けを省力化する畜力化・機械化などが二毛作を発展させる技術的条件である。

 二毛作は鎌倉時代にはすでにかなり普及していたとみられている。第二次世界大戦後では、水田裏作としての麦の作付けをみると、1957年(昭和32)には70万4000ヘクタールであったが、技術の発達にもかかわらず社会経済的要因により減少し、89年(平成1)には13万1000ヘクタール、2000年には6万6000ヘクタールとなった。圧倒的な兼業農家による水稲単作化のもとで、日本の耕地土地利用率は94.5%(2000)である。そうしたなかで、限られた耕地では施設化も行われ、三毛作以上の多毛作も行われている。

[波多野忠雄]

『八木宏典著『水田農業の発展論理』(1983・日本経済評論社)』『吉田武彦著『水田軽視は農業を亡ぼす』(1987・農山漁村文化協会)』『中島征夫著『地域複合農業の展開論理――地域営農をみつめて』(2000・農林統計協会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「二毛作」の意味・わかりやすい解説

二毛作【にもうさく】

同一耕地に異なる作物をそれぞれ年に1度ずつ栽培すること。ふつう,水稲収穫後に,冬作(裏作)として麦,イ(藺),ナタネ,レンゲソウなどを栽培することをいう。秋野菜や春作のジャガイモなども行われる。関東以南の暖地に多く見られたが,田植の早期化,兼業農家の増加,麦価の低落などにより水田二毛作は激減した。→二期作
→関連項目一毛作代掻き

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「二毛作」の意味・わかりやすい解説

二毛作
にもうさく

同一ので,同一年度内の異なった時期に 2種類の作物を栽培する方法。田の二毛作は稲作(表作)のあとに麦作,緑肥作などの裏作を行なう。同一の田に 1年のうちに 2回の稲作を行なう場合は二期作といい,沖縄県鹿児島県などで行なわれている。3回の稲作を行なう三期作も,東南アジアなどで行なわれる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「二毛作」の解説

二毛作
にもうさく

両毛作とも。1年に同一の耕地に2回異なる作物を作付すること。主作物の作付を表作,あとの作付を裏作という。裏作の拡大は土地利用率を高め土地生産性を上げることになり,耕起や施肥技術の改善を背景に進んだ。水田二毛作は平安中期頃に確認できるが,近世には夏季に水稲,冬季の裏作に大麦・小麦・菜種など。多様な作物を導入,広く普及した。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「二毛作」の解説

二毛作
にもうさく

同一耕地で同一年内に2回主要作物を収穫する生産方法(表作=米,裏作=麦・大豆など)
山陽・近畿などの先進地域では平安中期に始まり,鎌倉時代に普及し室町時代には関東にも及んだ。しかし,寒冷地域では進まず,東北・北海道などでは現在も一毛作である。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の二毛作の言及

【農業】より

…それは高温で多雨多湿の,東アジアの温帯モンスーン地域に属するという立地的特性にもよるが,同時に長い年月をかけて培われてきた,河川や溜池(貯水池)の利用による灌漑農法の発達の結果でもある。この水田稲作では,麦類などを中心に冬作物の裏作栽培も行われてきたが(水田二毛作),基本はやはり稲作であり,しかも年々その連作であった。(2)この稲作中心の灌漑農業,水田二毛作農業は,基本的に人間の手労働を中心として行われ,西欧農業などと比べて畜力利用もそれほど進まず,ことに農業の機械化が,最近まで著しく立ち遅れていたことである。…

【畑∥畠】より

…しかし律令国家の畠地支配はきわめて弱いものであり,その解体過程である10世紀後半から11世紀のころでも,〈畠に至りては国司の所知に非ず〉とされ,畠を公的な制度外のものとする法的慣習が根強かった。だがこの時期の畠作においては,畠地の開発が活発化し,冬作畠の麦と夏作畠の大豆を中心とした畠地二毛作も成立するなど,畠作生産力も発展していた。こうした畠の発展の成果をめぐって,10世紀末には国衙(こくが)によるさまざまな手段を用いての,畠地を収奪の対象に組み入れようとする動きが表面化してくる。…

※「二毛作」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android