ひかりごけ

改訂新版 世界大百科事典 「ひかりごけ」の意味・わかりやすい解説

ひかりごけ

武田泰淳短編小説。後半が2幕の戯曲になっている。1954年(昭和29)《新潮》に掲載。1944年冬,羅臼沖で難破した軍用小船の船長ほか7名が避難した無人島で行った人肉食い事件を扱い,食わねば死ぬ極限状況をくぐりひとり生存した船長の,洞窟および彼を裁く法廷の場での異常な言動を通じ,何が善で何が悪か,罪なき人ありや,またその人間に他が裁けるか,等々の善と悪の価値基準に対し根源的な問いかけを迫る。武田の,戦場と敗戦時上海での極限体験から生まれた戦後秀作題名は,人肉食いの首のうしろにつき,食わぬ人にのみ見える,すなわちだれにも見えぬ光の輪で,“罪なき人無し”を象徴する言葉。船長の〈我慢〉なる言が注目される。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ひかりごけ」の意味・わかりやすい解説

ひかりごけ

武田泰淳(たいじゅん)の中編小説(後半は戯曲二幕)。1954年(昭和29)3月『新潮』に発表。同年7月新潮社刊の『美貌(びぼう)の信徒』に収録。第二次世界大戦中のある冬、知床(しれとこ)半島の羅臼(らうす)沖で陸軍の輸送船が難破する。船長と数名の船員が助かって洞窟(どうくつ)にこもるが、交通が途絶し食糧がない。死んだ仲間の人肉を食って、結局船長だけが生き残る。人肉食いが発覚して裁判に付せられる。裁判長の訊問(じんもん)に船長はただ「私は我慢しています」と答える。幕切れでは、裁判長、弁護士、傍聴の男女の上に、人肉食いの証拠とされる光の輪が広がる。極限状況のなかにおける生存と、罪の自覚の問題を深くえぐった思想的な名作である。

[助川徳是]

『『ひかりごけ・海肌の匂い』(新潮文庫)』『松原新一著『武田泰淳論』(1970・審美社)』

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デジタル大辞泉プラス 「ひかりごけ」の解説

ひかりごけ

1992年公開の日本映画。監督・脚本熊井啓、原作:武田泰淳による同名小説、脚本:池田太郎。出演:三國連太郎、奥田瑛二、田中邦衛、杉本哲太、津嘉山正種、内藤武敏、井川比佐志ほか。戦時中に実際に起きた人肉食事件をモチーフとする。

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