日本大百科全書(ニッポニカ) 「イタチ」の意味・わかりやすい解説
イタチ
いたち / 鼬
weasel
[学] Mustela
哺乳(ほにゅう)綱食肉目イタチ科の動物。シベリアからヒマラヤ、タイとアジア大陸東部に広く分布し、いくつかの亜種に分けられる。日本では本州、四国、九州の本島と佐渡、壱岐(いき)、淡路などの島にニホンイタチ(ホンドイタチ)M. s. itatsi、屋久島(やくしま)と種子島(たねがしま)にやや小形のコイタチM. s. sho、対馬(つしま)に大陸系大形のタイリクイタチ(チョウセンイタチ)M. s. coreanaが自然分布していたが、北海道などにニホンイタチ、本州西部にタイリクイタチが移入され、野生化している。体格は雄と雌で差があり、ニホンイタチを例にとると、雄は体長30~37センチメートル、尾長13~16センチメートルであるが、雌は体長20センチメートル、尾長7~9センチメートルしかない。夏毛はチョコレート色で腹部は色が淡い。冬毛は黄褐色ないし赤褐色、腹面もさらに淡色となる。
[朝日 稔]
生態
主として夜行性であるが、昼間も活動する。主食はネズミ、カエル、昆虫などで、小鳥や魚も捕食する。また、果実などの植物も食べる。繁殖期以外は単独で生活し、昼間は穴、樹洞などにいることが多い。水泳も木登りも巧みで、餌(えさ)の多い地域ならかなりの山地から海岸までどこでも生活し、人家にも侵入する。都市でもしばしば姿をみかける。春から夏にかけて交尾し、約37日の妊娠期間で、1~7子を産む。子は晩秋には成長して親から離れる。肛門(こうもん)付近に1対の肛門腺(せん)があり、危険時に悪臭を発する分泌物を出す。これが「イタチの最後っ屁(ぺ)」であるが、この分泌物は性的にも意義があるとされる。また、移動するときに、急に立ち止まって周囲を見回すことがある。この動作が、イタチは人を見るときに目の上に手をさしかざすという俗信を生み、疑わしげに人を見ることを「イタチの目陰(まかげ)」というようになった。さらにイタチは同じ通路を二度と使わないといわれ、一度しかこないことを「イタチの道」といい、「イタチの道切り」といって、往来、交際や音信の絶えることを忌む風習もあるが、実際には同じ通路を何度も利用する。
[朝日 稔]
狩猟・利用
毛皮は比較的良質で、ミンクの代用として利用された。雄のみが狩猟獣に指定されており、わなで捕獲される。とらばさみや箱わなも使用されるが、もっともよく使われるのは竹筒わなで、直径7~8センチメートル、長さ15センチメートルほどの竹筒の奥に餌をかけ、中に入って餌をとると、ばねで胴を絞め上げる仕掛けになっている。毛皮はジャパニーズ・ミンクの名で主としてアメリカに輸出され、1955年(昭和30)ごろには数十万枚に達した。しかしその後価格が暴落し、現在では1猟期2万頭前後しか捕獲報告がない。岐阜、福岡、鹿児島などが主要な捕獲県である。
一方、イタチはネズミの天敵としても重要で、日光市にあった林野庁の有益獣増殖所で繁殖させ、それまで自然分布していなかった北海道本島や利尻島(りしりとう)、八丈島などへ放獣してきた。また石垣島へはハブの天敵として移入された。養殖は昭和初期から試みられてきているが、交配がむずかしいために十分な成果があがらず、1980年(昭和55)有益獣増殖所も閉鎖されている。ここで養殖していたのはニホンイタチであるが、関西地方では昭和初期よりタイリクイタチの養殖が試みられていた。それがいつのまにか野生化し、1935年(昭和10)ごろから市場に現れ始め、現在ではかなり増加してきている。分布範囲も広がり、九州北部から東海地方にも進出してきた。ニホンイタチよりやや毛質が劣るために最初は喜ばれなかったが、大形であるために加工した場合むしろ高価となり重視されてきた。ニホンイタチが主として山地に多いのに対して、野生化したタイリクイタチは平野部に多く、都市周辺から都心にいるのはほとんど後者である。両種の間の雑種と思われる個体がほとんどないので、繁殖習性に違いがあるか、または染色体に不適合があると考えられている。一般にイタチは性質が荒く、一度に多くの餌となる動物を殺すことがあるので、養鶏場や養魚場では大きい被害を受けることもある。
[朝日 稔]
近縁種
イタチ科は食肉目のなかで比較的繁栄していて、オーストラリア、南極大陸、マダガスカル島といくつかの島を除く全世界に分布し、高山から沿岸まで生息している。現生種は約70種で、23から25の属にまとめられている。頭骨は一般に扁平(へんぺい)で、吻(ふん)が短い。側頭骨の後下顎(がく)突起が発達していて、下顎の関節突起を取り巻くなどの特徴がある。一般に歯式は
で合計34本であるが、違うものもいる。体は中形ないし小形で、イイズナは食肉目のなかでもっとも小さく体重30~70グラムほどで、もっとも大きいラッコは40キログラム近くもある。四肢は比較的短くおのおの5本のつめがある。カワウソやラッコなどは指の間に水かき膜がある。スカンクのように肛門腺が発達しているものも多い。一般に単独生活をするが、アナグマなどはかなり多くが同じ巣穴を共有する。小形の動物、とくにネズミ、カエルなどを主食とするが、果実やキノコも食べ、ラッコは貝やウニを、カワウソは魚やカニを食べている。日本にはイタチのほか、オコジョ、イイズナ、テン、アナグマがおり、まれに千島列島方面からラッコが泳いでくる。ニホンカワウソは絶滅したと考えられている。
[朝日 稔]
民俗
日本には、イタチに出会うと縁起が悪いといって嫌う風習があるが、ヨーロッパにも同属のイイズナについて、古代から類似の俗信がある。ボヘミア(チェコ)では、ちらっと見ただけでも目がつぶれるなどといい、アイルランドでも出会うのを不吉とするが、逆にドイツでは屋根の上にいるイイズナを見ることは吉兆であるという。凶を吉に変えるまじないは日本にもあり、後ろ足で立って振り向いたイタチに眉毛(まゆげ)を数えられると化かされるといい、イタチに出会ったら眉毛に唾(つば)をつけろという。
鳴き声で吉凶を占う所もあり、とくに一声鳴きは不吉とされる。イタチが騒ぐのを何かの前兆とみて占いをした話は、『平家物語』にもみえ、『曽我(そが)物語』には、イタチが鳴くと水を注ぐまじないをしたとある。これはイタチが鳴いたらかまどに三度水をかけるとか、イタチを福の神として、小屋のそばでみつけると水を供えたという伝えにも通じる。イタチは火の性(しょう)とされ、「イタチの火柱」といって、イタチが集まって気を吹くと炎のように見えるという。火柱がたったところにはかならず火事が起こるともいわれる。イタチは池の魚をとるが、一方でヒキガエルなどを恐れるといわれるのは、水の性のものを嫌うということであろう。イタチを飼育して、宗教的霊力の発現を期待する習慣もあったらしく、山陰地方でキツネ持ちとよばれる家筋で飼っていた「人狐(ひとぎつね)」と称する動物の正体は、雌のイタチであった。
[小島瓔]