改訂新版 世界大百科事典 「ナマコ」の意味・わかりやすい解説
ナマコ (海鼠)
ナマコ綱Holothuroideaに属する棘皮(きよくひ)動物の総称。すべて海産で,潮間帯から水深数千mの深海底まですむが,ごく少数の種類は深海で浮遊生活をしている。全体の形からsea-cucumber(海のキュウリ),sea-sausage(海のソーセージ)の英名がある。一般に棘皮動物の体は5放射相称形であるが,ナマコ類は口と肛門との間がのびて円筒状になり,前後と背腹の区別ができて二次的に左右相称になっている。前方に口,後方に肛門が開いていて,背側には管足が変形した円錐形のいぼ足が数縦列,または背面全体に多数が不規則に散らばっており,腹側には管足が数列並んでいる。しかし,泥中にすむシロナマコのように,いぼ足と管足を完全に失っているものもある。また体表から粘液を分泌してそれに砂をつけ全身が砂でおおわれているものもある。口の周囲には先端が細かく枝分れした触手が10~30本(20本の種が多い)あり,触手に付着したものを口へ引きこんだり,底質の砂泥をとり入れて,それに含まれる有機物を消化して栄養にしている。
体壁中には微小な石灰質の骨片が多数埋まっているが,その形には,いかり形,ふるい形,やぐら形,車形などいろいろある。ふつうは肉眼で見えないが,イカリナマコの類では,いかり形の骨片の先端が皮膚の外にでていて,これで他物に鉤着(こうちやく)する。一方,深海生のユメナマコには,これらの骨片がまったくない。食道の始部をとり囲んで5~10個の石灰環が並んでいて,この部分を保護している。消化管は非常に長く,体内をS字状に曲がって末端部近くが膨らんで総排出腔になり,肛門に続く。総排出腔の壁の一部が体腔中へのびて木の枝のように複雑に分岐し,呼吸樹(水肺)という特有の呼吸器になっている。この呼吸樹の表面には毛細血管がはりめぐらされていて,筋肉の収縮によって肛門から海水を流入させ,呼吸樹の壁を通して酸素をとり入れている。呼吸樹の基部にはキュビエ管という白色の細いねばねばした管があり,敵からおそわれたときは肛門からだして相手の体にからませる。さらに腸や呼吸樹をも体外にだして,その間に敵からのがれるが,放出した内臓の諸器官は2ヵ月ほどで再生する。
雌雄異体と同体のものがあるが,同体のほうが多い。異体の場合も外観からは区別できない。生殖腺は1個のみで,触手付近の背中側に開口する。海中で受精した卵は孵化(ふか)したあと,アウリクラリア幼生auriculariaとなり,次いでドリオラリア幼生doliolaria,ペンタクチュラ幼生pentactulaに変態して成体になるが,すぐにドリオラリア幼生になるものもある。
フジナマコの総排出腔には体長15cm内外のカクレウオがよく共生する。ナマコの体内に入るときは頭で肛門をさがし,次いで尾びれを曲げて肛門の中に入れ,後ろ向きに潜っていって呼吸樹の近くでとまる。夜になると餌をさがしにナマコの体内から外にでる。また腸の中にカニが共生している場合もある。
ニセクロナマコの体壁中にはホロスリンholothurinという毒素が含まれていて,体壁の煮汁は,小魚を殺すといわれる。
種類
ナマコ類は世界に約1100種,日本には60種以上が知られている。マナマコ,クロナマコ,フジナマコ,ニセクロナマコ,ジャノメナマコ,テツイロナマコなどがふつうに見られる。大きな種類では,バイカナマコが体長70~80cm,オオイカリナマコが体長3mにもなり,サンゴ礁の上に横たわっている。シロナマコやコモンイモナマコなどは,体の後部が尾のように細くのびている。マナマコはよく酢の物にして食べ,煮て干したいりこは〈海参〉と呼ばれて強精剤にされ,またキンコも別名フジコと呼ばれ一時は大量に乾製品がつくられた。〈このわた〉は,内臓を塩づけにしたものであり,〈このこ〉は卵巣を塩づけにして乾燥したものである。
執筆者:今島 実
料理
《本草和名》に〈海鼠 和名古〉とあるように,日本では古くナマコを〈こ〉と呼んでいた。生のものが〈なまこ〉で,火にかけていったものが〈いりこ〉,日に干したのが〈ほしこ〉,卵巣を干したのはナマコの子だから〈このこ〉,腸の塩辛は〈この腸(わた)〉というわけである。《延喜式》によると,いりこは能登,若狭,志摩などの7ヵ国から,このわたは能登から貢納され,ともに天皇の食膳にも進められていたが,生鮮品は輸送がむりだったためか貢納された形跡がない。ナマコの料理といえば現在はほぼ酢の物に限られているが,江戸時代には汁,煮物,炊きこみ飯などにも用いていた。《料理物語》(1643)に見える〈こだたみ汁〉は,みそ仕立てのとろろ汁に細切りにしてゆでたナマコを入れ,ショウガやアオノリを薬味にしたもの,〈ふくらいり〉と呼ぶのは大きく切ったナマコをだしとたまりで煮るという料理であった。
執筆者:鈴木 晋一
医術
ナマコが日本の文献に初出するのは《古事記》で,天鈿女(あめのうずめ)命が海のすべての魚を集めて〈天つ神の御子に仕えるか〉と問うたとき,海鼠(ナマコ)だけが返事をしなかった。そのために,天鈿女命が〈此の口や答へぬ口〉といって,紐小刀(紐つきの小刀か)でその口を裂いたので,今もってナマコの口は裂けている,と書かれている。《延喜式》には9月の神嘗祭に伊勢の大神宮や度会宮に熬海鼠(いりこ)を供えたことが記されている。中国南北朝の詩文集《文選》に付した石華の注から,当時〈土肉〉といったものがナマコだという説もあるが,《隋書》経籍志に書名の残る《崔禹錫食経》に海鼠がみえるので,6~7世紀ころには食用にされていた。《五雑組》は海参,一名を海男子とし,その名の由来を〈形状が男子の勢(へのこ)に似ており,その薬性が温を補すこと人参に匹敵するため〉と説き,遼東半島の海浜に産したことを記す。《和漢三才図会》には,唐船が長崎にくるときは必ず熬海鼠を多量に買いあさっていくと書かれているが,それは薬用や滋養食品とされていたためである。現代中国では薬品名を海参といい,別名を刺参,沙噀,海鼠とし,肺結核や神経衰弱の薬とするほか,血友病のような出血しやすい病気の止血剤として使われている。なお,日本の《大同類聚方》(808)には宇美古(ウミコ),奈女利古(ナメリコ)の薬名がある。
執筆者:槙 佐知子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報