日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブユ」の意味・わかりやすい解説
ブユ
ぶゆ / 蚋
black fly
昆虫綱双翅(そうし)目糸角亜目ブユ科Simuliidaeの昆虫の総称。ブト(西日本)、ブヨ(東日本)ともよばれる。体長2~8ミリメートル。体は短小で黒色または灰黒色、白斑(はくはん)をもつ種もある。複眼は大きく、雄では左右が接近し、雌では離れている。単眼は欠失する。触角は短いが、11節、ときに9~10節よりなり、各節ほぼ同じ大きさで数珠(じゅず)状に連なる。はねは体のわりに大きく、幅広い。翅脈は径脈が太く、はねの前縁に寄り集まり、中脈、肘(ちゅう)脈、臀(でん)脈は細くてはねの大部分に放射状に緩やかに広がっている。脚(あし)は比較的太くて短い。雌成虫は人畜や鳥から吸血し、朝夕2回に吸血活動のピークがみられる。産卵は、成虫が水中に潜ったり、水面で草や石、ごみなどに1個ずつ、種類によっては卵塊で産み付ける。幼虫はすべて渓流や小川の流水域に生息し、汚れた水や止水には生活できない。水の汚染に対して敏感に生息密度が減少するので、水質汚染の指標昆虫になる。
成虫の吸血活動は発生水域付近に限られ、100メートル以上離れると半減するといわれている。幼虫は円筒形で、中央部がやや細く、尾端が太く、末端は吸盤で終わる。胸部第1節に円錐(えんすい)形肉質突起の前脚(擬脚)があり、その先端には小さい鉤(かぎ)が列生して吸盤となっている。口には集餌(しゅうじ)用の扇状の刷毛(はけ)が発達している。1対の目、触角、大あご、小あごがある。平常は前脚を上流に向け、後吸盤で石や植物に付着しているが、前脚と後吸盤を使ってシャクトリムシのように移動することもできる。幼虫の食物は滴虫、珪藻(けいそう)などの微小動植物である。幼虫は6齢を経て蛹化(ようか)する。老熟幼虫は鞘(さや)状、花籠(はなかご)状などの種固有の繭を水中の物体の表面につくる。その中の蛹(さなぎ)には胸部から前方に1対の呼吸管が出ており、その形態は種の同定に利用される。世界で約1000種が報告され、日本には40種以上が産するが、そのほとんどが固有種である。
日本産の種はすべて、オオブユ亜科とブユ亜科の二つに所属している。オオブユ亜科のオオブユProsimulium hirtipesやキアシオオブユP. yezoensisは山地で春から初夏にかけて発生し、激しく人畜を襲って吸血する。ブユ亜科のヒメアシマダラブユSimulium venustum、ツメトゲブユS. ornatum、アオキツメトゲブユS. aokii、ニッポンヤマブユS. nacojapiは平地で人畜を襲う代表種で、被害は大きい。
ブユの刺咬(しこう)は、人体の露出部はもちろんストッキングの上からも行われ、刺咬後の瘙痒(そうよう)感、疼痛(とうつう)はカやノミよりも激しく、腫脹(しゅちょう)もひどい。別名のブトは、刺咬後に足などが太(ブト)く腫脹することに由来している。治癒に1~2週間くらいかかり、多くは掻(か)きこわして化膿(かのう)創になりやすい。多数の刺咬によるじんま疹(しん)、呼吸困難などの全身症状や死亡例もある。アフリカや中南米ではブユが回旋(オンコセルカ)糸状虫の中間宿主となり、ミクロフィラリアが眼球に迷入すると、失明することがある。刺咬後の瘙痒感には抗ヒスタミン剤が有効である。刺咬防御にはジメチルフタレートを含む忌避剤repellentが効果がある。発生源での駆除法は、水域に殺虫剤を定期的に投入する方法があるが、流水中のため殺虫剤の効果が複雑で、殺虫剤の種類、および濃度や量などにより効果が少なかったりする一方、ほかの有用水中生物への影響もあるので、実際には専門的知識を必要とする。
[倉橋 弘]