昭和期の評論家,英文学者,平和運動にも貢献。愛媛県松山市生れ。1926年東大英文科卒業。中学教師などを経て35年東大助教授,48年教授に就任。敗戦直後みずから〈戦犯第1号〉を名のり,以後一貫して民主主義と平和のために,〈知こそ力〉という姿勢を律義に貫いた。53年〈官学〉を辞し,著作活動に専念する。著作は多岐にわたり,モームの《雨》,シェークスピアの《ベニスの商人》など精細な原文分析による達意の翻訳をはじめ,専門の《シェイクスピアの面白さ》(1967),《スウィフト考》(1969),また人間の内面への飽くなき好奇心と歴史への関心に支えられた《アラビアのロレンス》(1940),《蘆花徳冨健次郎》(全3冊,1972-74)などの評伝は,伝記文学に新生面を開いた。さらに時事評論では,全面講和,憲法擁護,安保改定,ベトナム戦争,沖縄返還など,理非曲直を明らかにした時論を展開,とくに60年安保では〈こわれた車に民主主義は乗らぬ〉と新聞社説を鋭く批判した。市井の自由人として,辛辣(しんらつ)だが情理を尽くした言論は,戦後民主主義の背骨を支える貴重な発言だった。原水爆禁止運動や都知事選では,公正な判断と誠実な人柄から内部分裂の回避に一役買った。晩年はE.ギボンの《ローマ帝国衰亡史》の翻訳に専念したが,〈狡智万点の愚者〉たる人間の未来について,司馬江漢にならって〈人は獣に及ばず〉と警告,人類の英知に悲観的見方を示した。
執筆者:高瀬 昭治
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昭和期の評論家,英文学者,平和運動家
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英文学者、評論家。愛媛県松山市生まれ。東京帝国大学英文科卒業。1948年(昭和23)東大教授。シェークスピア、スウィフト、モームらの研究で知られる。53年東大教授を辞任、雑誌『平和』の編集長として活躍。リベラルな幅広い視野にたつ硬骨の言動で、護憲運動、沖縄問題、60年安保反対運動などに尽力。『文学試論集』全三冊(1942~52)、『人間の名において』(1954)、『アラビアのロレンス』(1963)、『スウィフト考』(1969)、『人間の死にかた』(1969)、『蘆花徳冨健次郎(ろかとくとみけんじろう)』全三部(1972~74。大仏(おさらぎ)次郎賞受賞)などがある。
[高橋新太郎]
『『中野好夫集』全11巻(1984~85・筑摩書房)』
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1903.8.2~85.2.20
昭和期の英文学者・評論家。松山市出身。東大卒。中学の英語教師などをへて,1935年(昭和10)東京帝国大学助教授,48年同教授となり,53年辞職。その後は著作活動に専念し,一時雑誌「平和」編集長を務めた。また憲法擁護・反安保・原水爆禁止・ベトナム戦争反対・沖縄返還などの平和運動に関与し,そのための時事評論を展開した。沖縄問題では沖縄資料センターを設立。この間シェークスピア関連の翻訳や著作を行う一方,評伝「蘆花徳富健次郎」で大仏次郎賞を受賞。「中野好夫集」全11巻。訳業に未完となったがギボンの「ローマ帝国衰亡史」。
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