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旧約聖書という名称は,ユダヤ教の正典を自己の正典の一部としたキリスト教における名称である。キリスト教会は,福音書や使徒の書簡などを,キリストによる新しい救いの契約の書,すなわち新約聖書としてまとめるようになると,2世紀末ころからユダヤ教の聖書を,イエス・キリストを預言した古い契約の書,すなわち旧約聖書と名づけて,両者の区別をはかった。福音書記者やパウロなどはまだ〈旧約聖書〉なる名称を知らず,これを指すときには,単に聖書と記している。旧約聖書は基本的にはヘブライ語で書かれている。ユダヤ教時代の日常語であったアラム語は,《ダニエル書》と《エズラ記》の一部に,あとはごくわずか例外的に使用されているにとどまる。聖書本文の保持伝承のために,マソラ学者と呼ばれる人々が早くから努力を重ね,後代よい写本を選んで本文を校訂し,必要な注記を欄外に加え,死語となったヘブライ語で本文を正しく読むことのできるように,子音字で書かれている本文に母音符号を添え,今日マソラ本文と呼ばれる原典が7世紀以降に完成した。原典は24巻から成り,〈律法(トーラー)〉,〈預言者(ネビーイーム)〉,〈諸書(ケスービーム)〉の3部に分かたれている。この配列は,ユダヤ教団における正典化の順を示している。〈律法〉,すなわち《創世記》から《申命記》にいたる最初の5巻は,〈モーセ五書〉とも呼ばれる。〈預言者〉はさらに二分され,前半は《ヨシュア記》から《列王紀》までの歴史書であり,後半が《イザヤ書》から〈小預言書〉までの預言書である。〈諸書〉は《詩篇》《ヨブ記》《雅歌》などの文学や《エステル記》や《歴代志》などの歴史書もしくは歴史物語から成っている。〈律法〉と〈預言者〉はユダヤ教の会堂で安息日ごとに朗読された。原典をギリシア語に訳した《七十人訳聖書》は,原典の配列を変えて,五書,歴史書,文学書,預言書の順に置き,〈小預言書〉を12の預言書にばらすなどして,全体を39巻にした。これが今日に及ぶ翻訳聖書の伝統となった。
→聖書
執筆者:並木 浩一
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本来,前10世紀から前1世紀の間に書かれたイスラエル,ユダヤの文献のうち,ユダヤ教の聖典としてまとめられたもの。キリスト教もこれを聖典の一部として採用し,新約聖書に対して旧約聖書と呼んだ。旧約聖書の原本であるヘブル(ヘブライ)語正典は1世紀末頃,最終的に決定され,39の文書から構成されることになり,三つのグループにまとめられている。すなわち第一は律法(トーラー)で,旧約聖書冒頭の5書(創世記,出エジプト記,レビ記,民数記,申命記)の総称である。この律法の起源はモーセが神から授けられたものとし,実際には前10世紀頃以来,現代の学者がヤハウェ資料(J),エロヒム資料(E),申命記資料(D),祭司法典(P)などと呼ぶ資料がいく度か編纂されて,現存の形態をとるようになった。第二は預言(ナビーム)で,このなかには歴史書(ヨシュア記,士師記,サムエル記,列王記)と本来の預言書(イザヤ書,エレミヤ書,エゼキエル書および12小預言書)が含まれている。第三は諸書(ケスビーム)または聖文集と呼ばれるもので,律法や預言に比べると一段低いものと考えられている。ヘブル語原典の順序では詩編,ヨブ記,箴言(しんげん),ルツ記,雅歌,伝道の書(コヘレトの言葉),哀歌,エステル書,ダニエル書,エズラ書,ネヘミヤ記,歴代誌であるが,現代語訳(日本語訳をも含めて)の順序は,前3~前2世紀頃エジプトのアレクサンドリアでつくられたギリシア語「七十人訳聖書」にならっている。旧約聖書の聖典化は,70年のイェルサレム神殿破壊後のユダヤ教の性格を決定づけ,キリスト教による採用はヤハウェ神教の継受と止揚を意味した。
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…聖書はイスラムの聖典コーランのような一人物を通しての天啓の書物とは異なって,古代イスラエル民族と原始キリスト教の長い歴史の流れの中で多くの人々の手になった多様な文書を収めている。聖書は旧約聖書Old Testamentと新約聖書New Testamentから構成されているが,この区別と名称は2世紀になって初期の教会が福音書や書簡などを,イエス・キリストによる〈新しい契約〉を啓示する書物の意味で新約聖書と呼び,ユダヤ教から継承した聖典をこれと区別して〈古い契約〉(《コリント人への第2の手紙》3:14)の意味で旧約聖書と呼ぶようになったことに由来する。イエスをメシア(救世主)とは認めないユダヤ教では,キリスト教会によって旧約聖書と名づけられた文書が唯一の聖典である。…
…一方,侵入者自身は古アラム語の方言を話していたと推定される(《申命記》26:5)から,ヘブライ語はアラム語とカナン語との混合言語として成立したと考えられる。古代ヘブライ語Old Hebrew(または聖書ヘブライ語Biblical Hebrew)の記録としては,〈ゲゼル農事暦〉(前10世紀ころ),サマリアの陶片(前8世紀ころ),シロアム刻文(前700ころ)などの考古学的発掘物もあるが,最も重要なのは〈旧約聖書〉(アラム語で書かれた《創世記》31:47の2語,《エレミヤ書》10:11,《ダニエル書》2:4~7:28,《エズラ書》4:8~6:8,7:12~26を除く,全体の98%強)である。聖書がヘブライ語で書かれているという事実なしには,以後のヘブライ語の歴史はありえなかったのであって,事実聖書が現代に至るまでヘブライ語の規範であった。…
…しかしながらそれは,西暦紀元直後より本格化したユダヤ民族の離散(ディアスポラ)とそれに伴う文化変容のなかで,きわめて特色ある展開をするにいたった。(1)古代イスラエル時代(放浪期,王国期) この時代の音楽は,おもに旧約聖書から類推できる。旧約聖書には,音楽の始祖ユバルについての記事を筆頭に,預言の音楽,祈りの歌,仕事歌,儀式のための付随音楽,愛歌,哀歌,宴のようす,女性の歌と踊り,音楽治療(例:鬱病のサウル王のためにリラを弾くダビデ)など,この時代を通じての音楽状況に関するさまざまの言及がみられ,さらには,《紅海渡りの歌》《ミリアムの歌》《井戸の歌》などの歌の詞や,まとまった歌詞集成としての《詩篇》《雅歌》《哀歌》なども含まれている。…
…アリストテレスは〈貨幣が貨幣を生むことは自然に反している〉という趣旨のことを述べている(《政治学》1巻10章)。古代イスラエル人の間では,厳しい徴利禁止の教えがあり,これが旧約聖書に反映している(《出エジプト記》22:25,《申命記》23:19)。この教説は,旧約聖書を共通の聖典とするユダヤ教徒,キリスト教徒,イスラム教徒に大きな影響を与えた。…
※「旧約聖書」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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