本有観念ともいう。人間精神に生まれつき備わっていて、他のいっさいの認識の基礎となる観念のことで、感覚を通して得られる外来観念idea adventitia(ラテン語)、および人間精神がかってにつくりあげる構想観念idea facta vel factitia(ラテン語)に対立する。その先駆思想としては、プラトンの想起説をあげることができるが、中世スコラ哲学では一般にアリストテレスを受けて、「まず感覚のうちになかったものは知性のうちにもない」という命題が人間的認識の原理として認められていた。
近世に入って、デカルトは思惟(しい)(自我)、神、延長の観念および同一律や因果性の原理などを生得観念として認めたために、ロックの手厳しい批判を招いた。他方、ライプニッツは合理論の立場から、前述のスコラの命題を承認しつつも、なお「知性そのものを別にして」と付け加えるのを忘れなかった。この生得観念をめぐる論争はいちおうカントの批判哲学によって止揚された、というのが哲学史の常識である。しかし近年、この論争はチョムスキーによって提起された自然言語の習得の問題として、新たな脚光を浴びている。
[坂井昭宏]
『所雄章他訳『省察』(『デカルト著作集2』所収・1973・白水社)』▽『ロック著、大槻春彦訳『人間知性論』全四冊(岩波文庫)』▽『N・チョムスキー著、川本茂雄訳『デカルト派言語学』(1976・みすず書房)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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