なんらかの社会的矛盾によって生ずる生活危機に直面した人々が、社会の既存の資源配分状態や社会規範や価値体系などを変革することによって、そしてまた意識や思想の革新を図ることによって、危機を解決しようとする組織的もしくは集合的な努力のことをいう。たとえば、農民一揆(いっき)のように、苦難を引き起こした張本人と目される有責主体に直接に制裁を加えることによって、借金の証文を焼き捨てたり、年貢の不払いを強行して危機を乗り切る敵意噴出の集合行為、あるいは社会の慣行や規範を変更することを目ざす改良運動や権利獲得運動、あるいは既存の価値体系を部分的もしくは全面的に変革しようとする革命や千年王国運動などを含む。しかし、最狭義には、資本主義の発達とともに発生した社会問題を克服するために、プロレタリアが自らを組織して、社会主義的政党のリーダーシップの下で展開するプロレタリア解放運動に限定して用いられる場合がある。他方、最広義には、群集行動や人種暴動のような未組織の集合現象にまで拡張して用いられる場合があるが、この用法には、むしろ集合行動という別のことばが適している。
[塩原 勉]
最狭義の社会運動という考え方は、19世紀の西ヨーロッパの社会思想と社会科学のなかで形成された。当時の考え方によれば、資本主義社会は、有産階級と無産階級からなり、資本と賃労働との対立を基軸として階級対立が生ずる。初めは無自覚でばらばらの存在である無産者たちが、労働組合をつくり、前衛政党の働きかけに応じつつ、自覚的、組織的な階級を形成して、階級闘争を通じて解放社会を目ざす。社会運動は、社会の構造的対立を起点として、階級闘争という具体的実践によって新しい社会を形成する変革推進機関であると考えられた。したがって、人々の努力を結集するためには、規律のある組織と指導部が不可欠とされた。このような考え方は、19世紀のマルクス主義運動論ばかりでなく、当時の社会科学全体を貫くものであって、第二次世界大戦後のヨーロッパ社会学にも受け継がれていた。しかし、プロレタリア解放運動のほかにも、社会変動にかかわりをもつさまざまな運動がある。ファシズムの運動、ナショナリズムの運動、新宗教運動、公民権運動、反戦運動などである。
そこでアメリカでは、1920年代にシカゴ大学の社会学者たちを中心にして、最広義の運動現象を研究するために集合行動という概念が提唱され、現在に至っている。このアメリカ産の集合行動論によれば、社会不安の状態がおこると、それに対応して群集行動のような低次の未組織の運動が発生し、やがて組織的な運動へ発展し、その運動目的や理念は一つの社会的イノベーションとみられるようになり、それが人々によって受容されるか拒否されるかという社会的選択を受ける。社会に受容される場合には、それなりにイノベーションは定着し、社会的に統合され、社会変動に貢献すると考えられる。集合行動論は群集行動にも関心をもつので、運動現象が非合理性を含むものだとする主張がみられる。しかし、西ヨーロッパ産のプロレタリア解放運動論も、アメリカ産の集合行動論も、ともに組織化を重視し、社会の変動と運動を結び付けて考える点で、関心の共通性があった。そして、いずれも、社会の産業化と近代化のなかで生じた矛盾や社会問題を、組織運動によって解決するという見地にたっていた。
[塩原 勉]
産業化と近代化の課題は、生産力を発展させ、それに適合する社会を合理的に編成することであった。したがって、生産を中心にして経済が組織され、政治、社会、そして宗教さえもが組織されてきた。同様に、飢餓と無権利状態から民衆が脱出するにも、組織された運動が必要であった。そして、資本と労働の対立、労使紛争が社会運動の基軸であった。ところが、先進国が産業化と近代化を達成して、脱産業社会やポスト・モダニズムの到来が取りざたされるようになるにつれ、労使紛争と組織を中心とする運動という発想に変化がおこってきた。それは、1960年代後半の若者の反抗、女性解放運動、有色人種や少数民族の反差別運動などに端的に表れている。
第一に、労使紛争という場を越えて運動は広がり、環境保全、反差別、反核といったような新しいタイプの問題に人々の関心が移ってきた。もちろん、労働運動は現に存在するし、将来も持続するであろうが、もはや社会運動の主役ではなくなったのである。第二に、女性の解放、青年の自立、民族のアイデンティティの保持などにみられるように、新しい運動は、変更不可能ないし変更困難な属性に基づくものになっている。社会的に差別を受けてきた属性が問題になってきた。それゆえ第三に、新しい運動の担い手は、社会的周辺に位置づけられており、社会の中心にあるテクノクラシーに対立する。社会の中心と周辺との対立が、新しい社会紛争と社会運動の基軸をなすといえよう。第四に、自立し、アイデンティティを保持することが重要な課題となるから、運動そのものも自律性を重んじ、自発性をたいせつにする。住民運動にみられるように、政党の介入や外部のエリートの指導を排除しようとする。第五に、新しい運動は、組織に依存せず、むしろ組織を否定して、個人たちが自発的に横に結合するネットワーキングという形をとって展開するようになる。ネットワーキングは、個人を単位にして広がるので、容易に国際的になりうるのである。そして第六に、ネットワーキングの活動が目標志向性と継続性を強めるにつれ、ボランティア主導のNGO(非政府組織)、NPO(非営利組織)が新しい社会運動の担い手として多発するようになる。
[塩原 勉]
第二次世界大戦以後について概観しよう。敗戦から1960年(昭和35)に至る15年間は、日本の社会運動にとっては近代化の時代であった。飢餓と生活難から脱出するためにも、また民主主義の定着を図るためにも、民衆は組織をつくってさまざまな運動を起こした。知識人たちは西欧モデルの近代主義を主張し、革新諸政党は社会主義を長期目標としたが、いずれも、近代的な組織運動の必要性を強調した点では一致していた。しかし、現実の運動組織は、既成の共同的集団をまる抱えにして、一時的動員力は高いものの、たやすく崩れてもゆく性質をもっていた。それに対して、自発的につくられる小集団をサークルと名づけ、サークル活動によって組織を補強し、個人の自立を目ざすことが試みられたりした。
1950年代には、左右社会党と共産党にそれぞれの労働組合全国組織がタイアップして社会運動が系列化され、それぞれに反合理化闘争や平和運動や対政府抗議行動を展開していた。そして、55年の保守合同と左右社会党統一によって、革新国民運動が形成される可能性ができた。60年の日米安全保障条約改定に反対する運動は、文字どおり国民運動という様相を呈した。地域共闘組織の活動と労働組合全国組織のスケジュール闘争が連動して、第二次世界大戦後最大の運動になった。それは近代型の運動の総決算といってよかった。しかし同時に、多数の無党派の市民たちが非組織的に参加することによって、新しいタイプの運動の形成という面をももっていた。
安保反対運動の退潮のあと、高度経済成長期に入り、労使協調体制が定着し、労働運動は革新的運動の主役の座を降りた。かわりに無党派の市民ないし住民による運動が登場することになった。1965年のベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の結成は象徴的なできごとであった。それは、自発性、自己表現の自由、言行一致、平等性を特徴とする個人原理の市民運動であった。その後の60年代末の学生の反抗、フェミニズム、エコロジー運動などは、先進社会に共通の現象であり、そこには組織による管理を拒否する反組織主義の考え方があった。生産至上の組織中心の近代主義に対する批判と、そして社会の周辺に置かれた未組織の人々(大衆化した学生、家庭のなかの女性、高齢者、被差別層など)の権利要求とが、新しい社会運動を彩っていた。日本の大学生の運動は、全共闘と通称される形態をとって行われたが、それは、徹底した反組織、反管理の形態であった。役割の固定化、規則、代表制、多数決原理などはすべて排除された。
1970年以降では、市民たちのさまざまな日常的な運動はネットワーキング型の結合を特徴としてきた。個人を緩やかに横に結合する自発的、開放的なつながりは、社会のあらゆる分野に存在しているが、運動もまた、このような共通関心をもつ人々の友人感覚のネットワーキングを通じて行われるようになってきた。1995年(平成7)の阪神・淡路大震災以降、大量のボランティアの登場によって、それまでの運動集団の多くはNGO、NPOへと変化してきた。これらの新しい社会運動の担い手はグローバルな活動を通して多文化共生に貢献している。
しかし、国際化の進展は多文化共生を促すと同時に、貧富の国際的格差を拡大することによって、逆に民族対立を激化し、原理主義的、原初主義的な敵意表出の排他的集合行為を生み出してもいる。
[塩原 勉]
『ニール・スメルサー著、会田彰・木原孝訳『集合行動の理論』(1973・誠心書房)』▽『塩原勉著『組織と運動の理論』(1976・新曜社)』▽『高畠通敏著『自由とポリティーク』(1976・筑摩書房)』▽『松原治郎・似田貝香門編著『住民運動の論理』(1976・学陽書房)』▽『塩田庄兵衛著『日本社会運動史』(1982・岩波書店)』▽『アラン・トゥレーヌ著、梶田孝道訳『声とまなざし――社会運動の社会学』(1983・新泉社)』▽『チャーリス・ティリー著、堀江湛監訳『政治変動論』(1984・芦書房)』▽『佐藤慶幸編著『女性たちのネットワーク――生活クラブに集う人々』(1985・文眞堂)』▽『栗原彬・庄司興吉著『社会運動と文化形成』(1987・東京大学出版会)』▽『庄司興吉著『人間再生の社会運動』(1989・東京大学出版会)』▽『塩原勉編著『資源動員と組織戦略』(1989・新曜社)』▽『飯島伸子編『環境社会学』(1993・有斐閣)』▽『社会運動論研究会編『社会運動の現代的位相』(1994・成文堂)』▽『小倉利丸編『コメンタール戦後50年(第6巻)労働・消費・社会運動』(1995・社会評論社)』▽『坂本義和編『世界政治の構造変動(4)市民運動』(1995・岩波書店)』▽『片桐新自著『社会運動の中範囲理論――資源動員論からの展開』(1995・東京大学出版会)』▽『曽良中清司著『社会運動の基礎理論的研究』(1996・成文堂)』▽『アルベルト・メルッチ著、山之内靖・貴堂嘉之・宮崎かすみ訳『現在に生きる遊牧民』(1997・岩波書店)』▽『マニュエル・カステル著、石川淳志訳『都市とグラスルーツ――都市社会運動の比較文化理論』(1997・法政大学出版局)』▽『フォーラム90s研究委員会編著『20世紀の政治思想と社会運動』(1998・社会評論社)』▽『社会運動論研究会編『社会運動研究の新動向』(1999・成文堂)』▽『チュンリン著、渡辺雅男訳『イギリスのニューレフト――カルチュラル・スタディーズの源流』(1999・彩流社)』▽『庄司興吉著『地球社会と市民連携――激成期の国際社会学へ』(1999・有斐閣)』▽『クリストフ・アギトン、ダニエル・ベンサイド著、湯川順夫訳『フランス社会運動の再生――失業・不安定雇用・社会排除に抗し』(2001・柘植書房新社)』▽『金栄鎬著『現代韓国の社会運動――民主化後・冷戦後の展開』(2001・社会評論社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…次のものを含む。(1)パレードやデモなどの街頭の群集行動,災害時のパニック,宗教的興奮のような表出的な群集行動,攻撃的な群集行動などのように,比較的密集した人々の無定形で未組織の行動,(2)ひろく散在しているが,新聞などを通じて,ある争点をめぐって論争し世論をつくる公衆やその世論の動き,(3)改良運動や革命運動のような組織的社会運動。さらにはゴールドラッシュのような急激な人口移動や流行現象などを含むこともある。…
※「社会運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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